書評

『中国現代アート』(講談社)

  • 2017/07/15
中国現代アート / 牧 陽一
中国現代アート
  • 著者:牧 陽一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2007-02-09
  • ISBN-10:406258381X
  • ISBN-13:978-4062583817
内容紹介:
文化大革命、毛沢東崇拝の嵐から「社会主義市場経済」へと、激動する現代史の中で、中国のアーティストたちはいかにして自由な表現を実現させてきたのか。いまや世界でもっとも注目される中国現代アートの展開をたどり、作品の数々を紹介。政治や経済の文脈からは決して知ることのできない、現代中国のエネルギーの根源を体感する。
去る三月二十一日、ニューヨークで開催されたサザビーのオークションで、中国の画家張暁剛(ジャンシャオガン)の「血縁シリーズ・三人の同志」が最高値で落札され、岳敏君(ユエミンジュン)「金魚」はそれに次ぐ値がついた。

ここ数年来、中国の現代アートは世界的な注目を集め、収蔵者も増えている、しかし、どのようなアーティストがいて、彼らはどんな活動をしているかは、必ずしも知られていない。

二十年以上にわたって、中国の前衛アートを追い続けてきた著者はここ四、五年の動きを中心に、創作現場の状況について最新のレポートをしてくれた。

一般向けの書物として、構成が読みやすいように工夫されている。多種多様というより、奇々怪々な前衛アートを把握するために、まずその歴史的背景を振り返った。それから現代アートの変遷をたどり、最後にこの二、三年の動向を通覧して絞めくくる。その間に女性の表象と女性による表象というトピックが挿入されている。一見、唐突なようだが、芸術表象における権力構造、および現代美術が宿命的に抱える自己疎外の問題について考えるとき、示唆に富む視点を提供した。この一冊によって、最新の前衛アートの活動をほぼ鳥瞰することができる。

近代ヨーロッパの前衛芸術は伝統の破壊を通してその価値を体現した。しかし、中国の現代アートには、抵抗すべき「近代」美術はないに等しい。その代わりに、イデオロギーによる抑圧に抵抗することを通して、芸術的実験や冒険の有意性を主張してきた。中国の現代アートがその誕生の日から、濃密な政治的メッセージ性を持っているのはそのためであろう。

だが、時代が変化するにつれ、表象の戦術として新たに相対化すべき対象を見いださなければならない。そこで〈同時代(コンテンポラリー)〉芸術は何を相対化の対象としたのか。著者は、景徳鎮の精巧な磁器や優美な山水画に代表された古代美術と、近代中国の革命美術の二つを挙げた、前者を「中華伝統」、後者を「革命伝統」と呼んでいる。

ただ、この場合の「伝統破壊」とは、必ずしもコンセプトや技巧の超克、あるいは方法の止揚を意味しない、ほとんどの場合、おもな関心は過去の作品の構図に集中していた。「二つの伝統」はときには歴史という神話の断片として引用され、ときにはパロディの対象に用いられている。じっさい、イデオロギーのイコンとなった「革命芸術」が現代アートの肥料として乱用され、また、古代の絵画名作もしばしば調刺の「額縁」として利用されている。

世間のイメージとは違って、最近のアート作品は単に政治的な抵抗だけではない、七〇年代の末から今日まで、中国社会には大きな変化が起きた。九〇年代前半のポップ・アートは政治的な不自由と経済的な自由の矛盾を示したが、同時に現代アートの商品化は、芸術が直面している窮状も示唆している。

九〇年代の後半に登場した中国キッチュも興味を引く現象だ。低俗で醜悪なものに向ける関心と美的経験を結びつける表象指向は、本来、資本主義社会に生じる現象だ。そこには芸術に対する関心があっても、政治的指向にはほど遠いものだ、その点を見落とさなかったから、画一的な批評という落とし穴に陥らなかったのであろう。

日本への言及も面白い。中国における地下活動的な芸術表現の全盛は、日本における一九六〇年代の前衛芸術の動向と共通しており、その背後には六四天安門事件と七〇年の安保闘争がある、と著者は言う。美術だけでなく、文化と消費社会の関係について考えるときに参考になる指摘だ。アバンギャルド芸術において、文化本質論は意味をなさない。文化時差を差し引けば、異文化のあいだでもかなりの確率で相似性を持つことがある。

毎年、数回も中国に出かけ、制作者たちの活動拠点を訪ねたり、彼らと直接会話を交わしたりすることは、作品のコンテクストに対する深い理解にもとづく批評を可能にした。アーティストたちとの交友は、研究という狭い枠を超えて、彼らが置かれた状況とその活動に参入することを意味している。もともと現代アートは視覚に訴えながら、すぐれて概念的な表象様式である。とりわけパフォーマンス・アートは身体による感受が重要である。創作現場の人たちの交信は、たえず新しい情報の獲得に役立ち、それを伝える文章にも臨場感をもたらした。

ただ、全書を通読して、個々の作品に対する批評はやや手緩いのではないか、という印象があった。欧米や日本では現代アートの作品に対し、肯定する意見がある一方、手厳しい批判もある。中国の現代アートは、イデオロギーによる抑圧があるため、海外からは称賛の声が多い。一方、中国の国内では政治的な批判があっても、芸術性に対する批評はほとんどない。いかなる芸術活動と同じように、中国の現代アートにも駄作もあれば、愚作もあるはずだ。もし、批評のメカニズムが機能しないと、芸術の劣化は免れない。そのためにも、外部からの忌悼のない批判が必要だ。

政治的な抵抗というテーマが陳腐になった今日、現代アートは果たしてどのように消費神話との緊張関係のなかでその立脚点を見いだすのか。また、象徴社会主義制度のもとで、中国の前衛アートが新たな活路を見いだせるのか、現場報告の続きを期待したい。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

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中国現代アート / 牧 陽一
中国現代アート
  • 著者:牧 陽一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2007-02-09
  • ISBN-10:406258381X
  • ISBN-13:978-4062583817
内容紹介:
文化大革命、毛沢東崇拝の嵐から「社会主義市場経済」へと、激動する現代史の中で、中国のアーティストたちはいかにして自由な表現を実現させてきたのか。いまや世界でもっとも注目される中国現代アートの展開をたどり、作品の数々を紹介。政治や経済の文脈からは決して知ることのできない、現代中国のエネルギーの根源を体感する。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2007年4月15

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