後書き

『松の文化誌』(原書房)

  • 2021/02/18
松の文化誌 / ローラ・メイソン
松の文化誌
  • 著者:ローラ・メイソン
  • 翻訳:田口 未和
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2021-01-23
  • ISBN-10:4562058684
  • ISBN-13:978-4562058686
内容紹介:
松は世界中で、忍耐、知恵、多産等の意味をもつ特別な木だった。木材、想像力の源、食料、薬剤、接着剤……松と人間の豊かな歴史。
数え切れないほどある樹木のなかでも、松は日本人にとって特別な存在です。
お正月には門松を飾り、「松竹梅」の「松」は最高級を意味し、美しい日本の風景といえばまっさきにイメージされる木はやはり松でしょう。厳しい環境にもよく耐えて生育する松は、長寿の象徴とも言われます。
そして松は日本以外でも、忍耐、知恵、多産等の意味をもつ特別な木とされることが多い木です。
植物と人間――その強いつながりを「歴史」「文化」「暮らし」などの視点から描くユニークな「花と木の図書館」シリーズの新刊『松の文化誌』は、まさに「松づくし」の一冊。木材としてはもちろん、さまざまな想像力の源、食料、薬剤、接着剤など、松と人間の豊かな関係をたどる内容。本書の「訳者あとがき」を公開します。

松という木の奥深さ

日本人にとって松は目にする機会も多い、ごく身近な樹木の代表だろう。
古くから人々の暮らしとともにあり、日本文化に欠かせない役割を果たしてきたことは、人名や地名に「松」の文字があふれていることからもわかる。
実用的な用途だけでなく、風景の主役にもなるし、庭木や盆栽として「生きた芸術作品」にもなる。

日本や中国で親しまれる木としてのイメージが強いが、世界には思いのほか多くの種類の松がある。
本書は世界に分布するマツ科マツ属の樹木をテーマに、生育環境の違いにより異なる性質や形態、用途に注目し、植物学者たちを悩ませてきたマツ属の分類をめぐる混乱ぶりにもふれながら、人間による松の利用の歴史を振り返る。
また、文化によって異なる松のイメージがどのように地域独自の風習を生み、文学や芸術に反映されてきたかについても考察する。

松の見かけ上の特徴はなんといっても針葉樹の名称そのままの針のように細い葉と、不思議な形をした球果(松かさ)だろう。
松かさの複雑な構造はまさに自然の造形美で興味がつきないが、本書で紹介されている種子を散布するための仕組みもおもしろい。
風で種子を拡散するタイプの松の種子には、風にうまく乗るように翼がついているものが多い。鳥や小動物の力を借りて種子を散布する松もある。
驚かされるのは、山火事の熱を利用して、樹脂でしっかり閉じられていた松かさの「かさ」を開くタイプの松だ。
大きな山火事であれば松の木そのものは焼きつくされてしまうが、その犠牲のおかげで、地面にまかれた種子は十分な日光と養分を得て、新たな世代の松として成長するのだという。

「松の木のあらゆる部分が、どの時代にも、世界中のどこかの文化で何らかの使い方をされてきた」(第4章)とあるように、木材や燃料としてはもちろん、松は古代から世界各地でさまざまな形で使われてきた。
なかでも重宝されてきたのは松脂(まつやに)と松脂由来の製品であるテレビン油とピッチだ。
ピッチには殺虫剤、防腐剤、接着剤、保存料、香味料など幅広い用途があり、かつて木造船には板の継ぎ目の充填剤や船具の防水剤としてピッチは欠かせなかった。
ほかにも、油分を含む松の枝を燃やせば松明(たいまつ)になるし、もちろん、食用の松の実も忘れてはいけない。
しかし、松材やピッチや松の実の需要の高まりは、無計画な伐採による森林破壊ももたらした。
その反省が環境保護活動を広げ、アメリカにおいては国立公園制度の成立にもつながっていく。

さまざまな角度から世界の松を考察する本書は、松という木の奥深さを教えてくれる。
日本の松についてはそれほど多くは書かれていないのだが、松原の風景、絵画に描かれる松、庭木や盆栽など、おもに松が生み出す景観と芸術に注目している。
世界の松と比較することで、クロマツやアカマツなど芸術的価値をもつ日本の松への親しみが一層増すようにも思える。

秋も深まったある日、散歩ついでに松の野外観察を行なった。紅葉の季節には赤や黄に葉を染める樹木に主役の座を奪われがちだが、濃い緑の葉をたたえる松は貫禄たっぷりで、威厳と生命力を感じさせる。
一本のアカマツの下で枝を見上げると、小さめの松かさが「鈴なり」になっていた。根元に落ちていた松かさは、かさが開ききって一見もう役目を終えているかに見えたが、拾い上げて逆さまにしてみると、翼つきの種子がはらりとこぼれ落ちた。

世界が一変した2020年という年が、まもなく終わろうとしている。厳しい環境に適応し、必要とあれば少しずつ形態を変えながら生き抜く松は、忍耐と長寿の象徴であるとともに、再生の象徴でもあるという。門松とともに迎える新たな年には、よい方向への変化が訪れることを期待したい。

[書き手]田口未和(翻訳家)
松の文化誌 / ローラ・メイソン
松の文化誌
  • 著者:ローラ・メイソン
  • 翻訳:田口 未和
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2021-01-23
  • ISBN-10:4562058684
  • ISBN-13:978-4562058686
内容紹介:
松は世界中で、忍耐、知恵、多産等の意味をもつ特別な木だった。木材、想像力の源、食料、薬剤、接着剤……松と人間の豊かな歴史。

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