内容紹介

『森林の系統生態学―ブナ科を中心に―』(名古屋大学出版会)

  • 2020/05/20
森林の系統生態学―ブナ科を中心に― / 広木 詔三
森林の系統生態学―ブナ科を中心に―
  • 著者:広木 詔三
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:2020-04-30
  • ISBN-10:4815809879
  • ISBN-13:978-4815809874
内容紹介:
個体群ではなく、遷移現象やすみ分けなどの種間関係を通じて、森林群集を空間的・時間的に捉え直し、系統分類学と生態学を統合する。
森林とは、いったいどのような存在だろうか。このたび、『里山の生態学』などの著書をもつ名古屋大学名誉教授・広木詔三による『森林の系統生態学』が出版された。タイトルにある系統生態学(phylogenetic ecology)とは、いまだ確立された学問分野ではない。本書は、「系統」という時間的・歴史的なつながりに注目して、森林を理解しなおそうとする新しい試みである。
長年にわたる野外調査の集大成となる研究書だが、同時に、森林や自然、そして人間に対する深い愛情を随所に感じさせる魅力的な一冊だ。以下では、その中でも象徴的なブナ科のフモトミズナラ観察のエピソードを本書の記述よりご紹介する。


フモトミズナラを見つづけて27年

痩せた土地にばかり生育する樹木

ことの始まりは、私が名古屋大学教養部生物学教室の助手だった頃、同じく地質学教室の塩崎平之助さん(当時助教授)の調査に同行したことである。愛知県小原村(現在豊田市小原)では、昭和47(1972)年に集中豪雨があり、そのとき大きな災害が生じた。災害が生じた所と生じなかった所では、基盤の花崗岩の種類が異なることがわかった。黒雲母花崗岩は風化が早く、陶土層も厚く、そのため陶磁器の原料となる陶土が採掘される。そういうところは入会地として樹木の伐採が進み、大雨のたびに表土が流出し、禿山の状態になる。災害はこの黒雲母花崗岩地帯で起こったのであった。フモトミズナラはこのような痩せ地に生育する。その反対に、花崗閃緑岩地帯では、土壌層が発達していて、コナラやアベマキの他に、常緑樹であるアラカシやシラカシも生育している。ところが、この土壌の発達した地域には、フモトミズナラがまったく存在しないのである。このことは、とても奇妙なことであった。その理由はなかなかわからなかったが、その後の研究で、次第に明らかになった。


長い長い野外実験


上記のような奇妙な現象を目にして、フモトミズナラとアベマキの生き残りを比較することを思いつき、小原村の陶土の採掘跡地で野外実験を試みた。尾根の2ヶ所(風ストレスを受けるより厳しい立地と林縁のややマイルドな立地)で、それぞれアベマキとフモトミズナラの堅果(ドングリ)を25個ずつ埋めた。あとは、毎年秋に、生存している実生(芽生え)の数を数えればよい。痩せ地なので、フモトミズナラの方が生き延びるという漠然とした予想があった。5,6年で決着がつくと予想したが甘かった。19年目に、1ヶ所のより厳しい立地で、ようやくアベマキが消失した。


それから8年、実験が終了するまでなんと27年もかかってしまった。結果は予想どおりで、アベマキは徐々に枯死していき、フモトミズナラの方はかなり生き残った。


生き残ったフモトミズナラは生育状態も良好であった。フモトミズナラは痩せ地に適応していると言える。


斜めに根を伸ばし、痩せ地に適応する


一般に、樹木の主根は地中にまっすぐ伸びるのに対して、フモトミズナラの主根は地中で斜めに伸びる。痩せた土地への適応と考えられるこのユニークな特性については、以下のようなふとした経緯で発見した。故郷の水戸の郊外に、父が道楽で購入した猫の額ほどの農地があった。誰かが勝手にサツマイモを栽培している。所有権が発生すると困るので、ドングリを播いて樹林化を試みた。アベマキやコナラの他にフモトミズナラのドングリも播いた。翌年、実生を掘り取ってみると、関東ローム層の火山灰土の中で、フモトミズナラの主根が地中にまっすぐ伸びていないのに気づいた。なんとなく水平方向に伸びているように見えた。後に、実験によって、フモトミズナラの根が斜めに伸びることを明らかにすることができた。



予期せぬ実験終了


話は小原村でのドングリの播種実験にもどる。先に述べたように、風当たりの強い所ではアベマキは比較的早くに消失した。林縁の風当たりの弱い所では、アベマキはさらに長く生き延び、27年目に観察した時には、1個体のアベマキがまだしぶとく生存していた。そのちびたアベマキは、小さな葉をたった1枚つけているのみであった。この生き残ったものもまもなく消えるであろう。その消失を確認してから実験を終了しようと考えていたが、その年、イノシシの足跡(あしあと)がみつかった。生き残っている最後のアベマキが蹴散らされては27年間の苦労も水の泡である。1個体のアベマキを残したまま実験を打ち切った。それは名古屋大学を退職する1年前であった。その後、論文は、移籍した愛知大学在職中に日の目を見ることができた。

フモトミズナラの根が斜行するのを発見したことは、まさにセレンディピティと言える。

[書き手]広木詔三(1944年茨城県生まれ。名古屋大学名誉教授。著書『里山の生態学』など。)
森林の系統生態学―ブナ科を中心に― / 広木 詔三
森林の系統生態学―ブナ科を中心に―
  • 著者:広木 詔三
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(388ページ)
  • 発売日:2020-04-30
  • ISBN-10:4815809879
  • ISBN-13:978-4815809874
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個体群ではなく、遷移現象やすみ分けなどの種間関係を通じて、森林群集を空間的・時間的に捉え直し、系統分類学と生態学を統合する。

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