書評

『反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―』(名古屋大学出版会)

  • 2020/01/21
反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて― / 佐藤 仁
反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―
  • 著者:佐藤 仁
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2019-06-07
  • ISBN-10:4815809496
  • ISBN-13:978-4815809492
内容紹介:
国家に依存した自然保護の急速な展開は何をもたらしたのか。思いがけない「人の支配」への転化を捉え、環境論の新たな地平を拓く。

SDGsブームのいま、「持続可能性」を問う
環境問題をいわゆる「環境好き」の人びとの考察対象にとどめず、統治・支配のあり方を議論するうえでの格好の素材として見出す書

刺激的なタイトルである。「環境国家」という言葉は、そのおおよその意味を推し量ることはできるが、それほど馴染みがあるものではない。ドイツの環境法学者らが環境国家(Umweltstaat)を論じることがあり、また本書でも言及されているように英語圏においても環境国家は議論されてはいる。しかし、「環境国家」という言葉は人口に膾炙しているわけではない。さらにそれが「反転する」とはどういうことなのだろうか。何が論じられているのか興味をそそる表題である。

これまでの先進諸国の環境政策研究のなかで論じられてきた「環境国家」とは、著者の整理によれば、環境行政官庁や体系的な環境法が整備され、環境専門家が育成されている国家とされる。

一方、東南アジアでのさまざまなフィールドワークを通じて著者が見出した「環境国家」とは、「(特に地域の人々から見て)環境保護や資源の持続可能性確保を目的に行われる介入の影響が、自然環境だけでなくその地域の人々の暮らし全体に及ぶようになった国家」(12頁)である。そして、環境国家の反転とは「「環境保護」の大義の下に、地域の人々の生活が国家の枠組みに翻弄されて、人々と自然環境との関係がかえって悪化していくこと」(iii-iv頁)を指しており、言い換えると、中央・地方政府や国際機関などによる環境政策が、地域の人びとを管理するための道具へといつのまにか転化することである。「こうした転化は、格差や不平等を拡大し、地域の人々の環境保全意欲を低下させ、さらなる環境劣化の引き金になりうる」(10頁)と著者は警告する。

ただ、反転の態様はさまざまである。すなわち、自然保護区に暮らす先住民の強制排除は分かりやすい反転の事例であるが、コミュニティーへの森林管理の委譲がもたらす反転という一見しただけでは分かりにくいものもある。本書は、このように多様な反転の態様をインドネシアの灌漑用水、タイの共有林、カンボジアの漁業資源などの事例から明らかにしている。その結果、「環境にやさしい」はずの政策が、地域の人々を苦しめる実態が浮き彫りになっている。

続いて著者は、この反転を食い止めるためのヒントは、 一九五〇~七〇年代頃の日本で生まれた次の三つのアイディアにあると力説する。文明の生態史観、国家に抗う人であった宇井純の公害原論、官製学問の色彩も帯びていた資源論を並置し、手際よく一刀両断する腕力には驚くばかりである。

国内外でのフィールドワークとその理論的検討を続け、資源・環境問題に関する数々の著作を世に問うてきた著者にとって、本書は環境論の集大成といってよいだろう。

これまで著者は、従来とは違ったあり方、忘れられた知の再発見といった、ユニークなアイディアの提示に精力的に取り組んできた。この姿勢を集約しているのが、まさに「反転する環境国家」というタイトルである。

そして、この「反転する環境国家」という新しい問題提起は、まず、環境政策に翻弄される、地域に住む人びとの支援を目指している。さらに、これまでの環境研究に対する批判でもある。なぜならば、発展とともに極めて細分化されてきた近年の環境研究は、環境改善効果に注目するあまり、環境政策が地域社会・住民に及ぼす影響をほとんど解明してこなかったからである。

新しい視座を提示するとともに、「環境政策を真に社会科学的な課題にしていくための土台を準備」(vii頁)したといえる本書は、環境問題をいわゆる「環境好き」の人びとの考察対象にとどめず、統治・支配のあり方を議論するうえでの格好の素材として見出している。昨今はSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)ブームであるが、本書をSDGsの反転の芽を察知するうえでの警世の書とみなすこともできる。

この書は新たな研究を拓く可能性をもっている。ここでは、そのうちの二点を指摘しておきたい。著者は、権限の集中した開発国家となりやすい後発国のほうが、先進国よりも反転する傾向が強いとしている。一方、先進国で起こっている反転は、表面的には誰をも傷つけないような巧妙な仕掛けのもとで、よりわかりにくいものになっているのではなかろうかと思いを馳せてみたくなった。

いまひとつは、環境国家の反転を考える際に資本主義やグローバリゼーションの問題をどのように扱うかという点である。著者の言うとおり、本書のなかで「環境問題の根源に横たわる資本主義とグローバリゼーションを真っ向から否定することは生産的ではない」(vi頁)と思われる。ただ、環境国家の反転という新しい視座の提示の次の段階では、本書の刺激を受けた読者が、環境国家とその反転をめぐる議論のなかに、環境国家との親和性も強い資本主義、グローバリゼーション、ネオリベラリズムなどを位置付けるという方向性もありえよう。その意味で、この本でなされた問題提起の奥行きは深い。

[書き手] 喜多川進(山梨大学・環境政策史)
反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて― / 佐藤 仁
反転する環境国家―「持続可能性」の罠をこえて―
  • 著者:佐藤 仁
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(366ページ)
  • 発売日:2019-06-07
  • ISBN-10:4815809496
  • ISBN-13:978-4815809492
内容紹介:
国家に依存した自然保護の急速な展開は何をもたらしたのか。思いがけない「人の支配」への転化を捉え、環境論の新たな地平を拓く。

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