書評
『東京再発見―土木遺産は語る』(岩波書店)
土木遺産から都市読み解く
建築家には美や歴史に対する配慮がある。だが土木屋にはそれが徹底的に欠けている。もっとも関東大震災後の復興事業と第二次世界大戦後の復興事業とでは、そのあり方が著しく異なっていた。震災復興事業では、明治以来の「用(機能)・強(構造)・美(造形美)」が引き続き重視された。ところが、戦時体制下でいったん造形美が切り捨てられると、戦後復興事業では無論顧みられることなく、今日に至ってしまった。逆に歴史意識は震災復興事業で芽生えるものの、戦中戦後はそのゆとりを失ってしまい、オリンピック関連工事で決定的に考慮の外とされてしまった。なんと今の土木屋はないないづくしなのだ。これへの反省に立つ著者は土木遺産を守る見地から、四谷見附橋の保存運動に尽力して移築保存を成功させ、今また「勝鬨橋をあげる会」で活躍中である。現場感覚を大事にする著者は、東京の土木遺産の語り部としてもうってつけであった。
明治から震災復興期にかけて作られた橋・地下鉄・トンネル・道路・公園の個々のアイテムにまつわる装飾やデザインの中に、東京という都市のコンテクストを読み解いていく。それは、文字の形では決して残されることのないものであった。皇居正門石橋の台座にある獅子は皇居を守り、日本橋にある麒麟と獅子とには帝都を守る意味がある。不死や永遠を象徴するユリの花をあしらった京橋は、関東大震災でも無事に残った。
地下鉄浅草駅の階段踊り場の上にある龍のうきぼりは、隅田川や浅草寺との深い縁を物語っている。圧巻は、永代橋や千住大橋など水路・陸路の要所要所にかかる橋から、帝都の南北門の構図を引き出し、橋を中心にした東京の歴史地理的意味を明らかにしたことにあろう。総じて語り部としての著者は、決してディレッタンティズムに陥ることなく、忘れられた美と歴史を一つ一つ蘇らせようと試みている。我々も気軽にこの謎解きに参加したい。
ALL REVIEWSをフォローする




































