青い空と青々とした海にはさまれた地中海。そこに広がる地中海都市を語らせれば、本書の著者以上にふさわしい人はいない。アルプス以北から広まった近代都市は、碁盤目型・放射状のごとく全景が見事で機能的な美しさがあっても、人間本来の空間への欲望や愛着が捨て去られている。だが、西洋建築史を彩る様式はほとんど地中海圏を源泉としており、そこには独特な迷路をもつ都市が育まれてきた。その空間をさまよえば、さまざまな驚きと発見があり、心地よく感覚を刺激し、身体のリズムにも共鳴するという。
地中海都市のバザールは小さな店がびっしりと並ぶ集積度の高い商業空間の迷宮である。だが、建物の中庭に入ると喧騒(けんそう)から逃れ、落ち着いた雰囲気につつまれる。水と緑をとり込んだ居心地のいい中庭はまさしく「地上に楽園を実現する」という理想がある。中庭型の住宅が連なる市街地は中東では前二〇〇〇年ころにさかのぼり、家族のプライバシーを守るためことさら重要であった。
イタリアに始まる著者の都市探究は、イスラーム圏にも及び、地中海文明としての空間人類学の開明に至り、今なお創見にあふれている。