書評

『地球生活記―世界ぐるりと家めぐり』(福音館書店)

  • 2017/08/24
地球生活記―世界ぐるりと家めぐり / 小松 義夫
地球生活記―世界ぐるりと家めぐり
  • 著者:小松 義夫
  • 出版社:福音館書店
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:1999-06-25
  • ISBN-10:483401620X
  • ISBN-13:978-4834016208
内容紹介:
アフリカの奥地から南米の高地、辺境から都会まで世界ぐるりと、家のある風景とともに、各地に生きる人々の様々な暮しや営みを、1700枚をこす写真でていねいに紹介しています。

人の住まいを一つの小宇宙として描く

よくマアここまで――『地球生活記』(福音館書店)と題された写真集をざっと流し見てひとまずあきれる。

ひとまずあきれたあと、ゆっくりぺーシをめくる。まずアフリカ大陸。アフリカの民家といえば、これはもう泥の家で、いろんなタイプがある。日干し煉瓦を積み、その上に泥をぬりたくり、表面にヘビやトカゲの姿をレリーフ状に盛り上げ、あいたところにはタテヨコナナメの紋様をつける。巨大な縄文土器と思ったらいい。レリーフの代わりに赤や白や黒の色土で装飾を付ける例もある。「ジグザグ模様はシカの足、たてや斜めの線は、畑のうね」という具合に。

泥の家の外見上の特徴は、地べたの土(自然)と泥壁(人工)に境目がないことで、大地の一部がにわかに盛り上がって家になったみたいに見えるのだが、おそらくアフリカの原住民の人たちは、レリーフを盛り上げたり紋様を描くことで、家が人間の領分であることを大地に向かって宣言しているんだろう。あるいは、遠い呪術の記憶かもしれない。

屋根の作りもいろいろあるが、草葺(ぶ)きの例が楽しい。ほとんどもう巨大なキノコだ。つい最近まで服を着ていなかったというタンベルマ族の家は、エノキダケのように何本も複合したキノコ状で、入口のほかに窓らしいものはない。わずかに外敵にそなえたのぞき穴があるばかり。寝込みを襲われないよう寝室には出入口さえなくて、屋根の上の穴から入る。そして、家の入口まわりの泥壁には、魔よけのため動物の頭骨がかかげられ、家の前の地面には家族一人一人の壇が盛り上げられ、ニワトリなどをおそなえして祈る。

南アメリカ大陸はどうか。アマゾンの密林の奥にはヤノマミ族の、まん中が空地で周囲ぐるりが一つながりの屋根でかこまれたスタジアム状集落がある。アマゾンでも最も昔ながらの暮らしを守り、移住を繰り返し、文明の接近を拒んでいるという。この集落の写真は空から撮った空き家しか見たことがない。

軽飛行機をたのみ、国境近くのヤノマミ族の巨大住居シャボノを探しに飛びたった。飛行予定時間を過ぎても家は見つからなかった。雲の切れ間にやっと見つけて低く飛んでもらったが、人の住む気配がない。時間が過ぎ、見つけるのをあきらめかけたとき、森に浮かぶようにシャボノがあらわれた。シャボノには十家族ほどが住む

私はこの時に撮られた写真ではじめて人の住んでいるシャボノを見ることができた。中央の空地には二十六人の半裸の男と女と子供と一匹の犬が出てきて、空を見上げている。たとえ空からとはいえ、現役のシャボノの写真で、この一冊が他の類書とはレベルがちがうことを教えられる。

ヨーロッパはどうか。面白そうな民家はすでにいろんな本で紹介されているが、一度見たいと思って見られないのに北ヨーロッパの海藻の家がある。

北海海岸には昔、屋根を海藻でふいた家がたくさんあったという。デンマーク国中を、人の住んでいる海藻屋根の家を探して旅をした。ユトランド半島の端の港町フレゼリクスハウンから船でレス島に渡ると、約二十軒の人の住む海藻屋根の家があった。スウェーデンとの海峡からの海風にさらされた、平らな島は、短い秋が終わろうとしていた

はじめて目にすることができた海藻の家は、巨大なイモ虫のようにモコモコした姿をしている。なんせ、「海藻の屋根は、雨が降っても表面十五センチくらいしかぬれないが、ふくらんだ海藻の重みで家がたわむ」のである。

こうした地球上の珍しい住まい、面白い伝統の家についての本は、日本でも世界でもたくさん刊行されているが、これだけ全世界にわたり、いろんなタイプを大量に採集したのは前例がない。腰巻に「取材期間三十年、今世紀最高の一冊」と書かれているが、そう書きたくなる気持ちも分かる。かつて、博物学者たちが、地球上のすべての動植物を採集しようと探検に出かけたのと同じような情熱が、カメラマンの小松義夫をつき動かしたんだろう。

ヤノマミ族も海藻の家もそうだが、小松は、文化財として保存されたものではなく、あくまで現在も生活が行われている住まいを探し求めている。建築物というより生活の器としてとらえており、そうした関心が住んでいる人々の表情や服装や食事までカメラを向けさせ、住まいを一つの小宇宙として描くことに成功した。

しかし、地球上に散るこれらの小宇宙は、かつて日本がそうだったように、そう遠からず消えるにちがいない。文明の発達が、地球をまたにかけるこうした素晴らしい企画を可能にし、その同じ文明の力が小宇宙を解体し、世界は単調になってゆく。悩ましいことである。

【この書評が収録されている書籍】
建築探偵、本を伐る / 藤森 照信
建築探偵、本を伐る
  • 著者:藤森 照信
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(313ページ)
  • 発売日:2001-02-10
  • ISBN-10:4794964765
  • ISBN-13:978-4794964762
内容紹介:
本の山に分け入る。自然科学の眼は、ドウス昌代、かわぐちかいじ、杉浦康平、末井昭、秋野不矩…をどう見つめるのだろうか。東大教授にして路上観察家が描く読書をめぐる冒険譚。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

地球生活記―世界ぐるりと家めぐり / 小松 義夫
地球生活記―世界ぐるりと家めぐり
  • 著者:小松 義夫
  • 出版社:福音館書店
  • 装丁:単行本(336ページ)
  • 発売日:1999-06-25
  • ISBN-10:483401620X
  • ISBN-13:978-4834016208
内容紹介:
アフリカの奥地から南米の高地、辺境から都会まで世界ぐるりと、家のある風景とともに、各地に生きる人々の様々な暮しや営みを、1700枚をこす写真でていねいに紹介しています。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 1999年7月25日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

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