書評

『図説 大西洋の歴史―世界史を動かした海の物語』(悠書館)

  • 2017/07/04
図説 大西洋の歴史―世界史を動かした海の物語 / マーティン・W. サンドラー
図説 大西洋の歴史―世界史を動かした海の物語
  • 著者:マーティン・W. サンドラー
  • 出版社:悠書館
  • 装丁:単行本(501ページ)
  • ISBN-10:4903487946
  • ISBN-13:978-4903487946
内容紹介:
太古より"暗黒の海"として人びとから恐れられた大洋、長きにわたって人類を分断していた海が、やがて世界の大動脈となり、四つの大陸をつなぐ水路となるまでの数千年の歴史を、数百点の図版とともに語った、他に類のない冒険と発見の書。

奴隷と妄想を積み、大海を渡る

「必要は発明の母」はイノベーションのみならず制度にも当てはまる。ハンムラビ法典の時代から存在した奴隷制度だが、「人種に根ざした奴隷制度などほぼどこにも存在しなかった」。大西洋が海路となって、過去例をみない「大海を渡るアメリカ大陸への奴隷移送」が生まれた。最初に着手したのは15世紀のポルトガルだった。新大陸における「良好な農園システム」に唯一足りないのが膨大な労働力だったからである。

同じ時期、ヨーロッパでは理性を重んじる「啓蒙(けいもう)思想」が浸透し、「市民と君主や国家との適切な関係を定め」ようと格闘していた。しかし、アフリカ奴隷は埒外(らちがい)におかれた。「繊維産業が世界規模で発展した時期」に「大もうけできるとなると、どんなに情け深かろうとも、手持ちの奴隷を解放する農園主はいないに等しかった」からだ。情けより儲(もう)け優先であるのは奴隷解放後も基本的には変わりないようだが。

もうひとつ、本書を読んで痛感したのは、妄想や訳のわからないことが時代を動かすということだ。喜望峰を迂回(うかい)した最初の欧州人バルトロメウ・ディアスは「プレスター・ジョンと呼ばれる伝説のアフリカの君主を見つけ出し、友好関係を結ぶ」ために出航し「大西洋には出口があることを、身をもって証明した」。そのおかげでヴァスコ・ダ・ガマはインドに到達した。

「新大陸」でも仏国王の命をうけた探検家ジャック・カルティエが膨大な金や銀山があるという「サゲネーという王国」を発見することに執念を燃やし、仏国の広大な北米領土支配に貢献した。米国独立のきっかけの一つとなった「ボストン虐殺事件」(1770年)が起こった理由は、弁護人にもわからなかった。

酸鼻な歴史を紡ぎ出してきた「大西洋は人間世界の中心でありつづける」世界観など壊れたほうがいいと思うのは非西洋人の妄想だろうか。
図説 大西洋の歴史―世界史を動かした海の物語 / マーティン・W. サンドラー
図説 大西洋の歴史―世界史を動かした海の物語
  • 著者:マーティン・W. サンドラー
  • 出版社:悠書館
  • 装丁:単行本(501ページ)
  • ISBN-10:4903487946
  • ISBN-13:978-4903487946
内容紹介:
太古より"暗黒の海"として人びとから恐れられた大洋、長きにわたって人類を分断していた海が、やがて世界の大動脈となり、四つの大陸をつなぐ水路となるまでの数千年の歴史を、数百点の図版とともに語った、他に類のない冒険と発見の書。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2015年02月01日

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