書評

『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』(NHK出版)

  • 2024/06/02
サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」 / デイヴ・グールソン
サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」
  • 著者:デイヴ・グールソン
  • 翻訳:藤原 多伽夫
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2022-08-30
  • ISBN-10:4140819103
  • ISBN-13:978-4140819104
内容紹介:
昆虫がいなくなれば、世界は動きを止める。危機を食い止める具体的な行動指針を示す、現代人必読の書!レイチェル・カーソンが、『沈黙の春』で「鳥の鳴き声が聞こえない春が来る」とDDTの危… もっと読む
昆虫がいなくなれば、世界は動きを止める。
危機を食い止める具体的な行動指針を示す、現代人必読の書!

レイチェル・カーソンが、『沈黙の春』で「鳥の鳴き声が聞こえない春が来る」とDDTの危険性を訴えたことにより、その使用が禁止されて半世紀。
私たち人間は、さらに地球環境を悪化させてきた。本書はまさしく「昆虫たちの羽音が聞こえない沈黙の春」への警告だ。
カーソンの時代の農薬よりはるかに毒性の強い農薬によって、最初に犠牲となるのは小さな無脊椎動物、昆虫だ。
土壌は劣化し、河川は化学物質に汚染されているばかりか、集約農業や森林伐採によって昆虫のすみかは縮小し、
加えて急激な気候変動で虫たちの生態環境は悪化し、減少スピードが加速している。
この現象は、虫好きの人の耐え難い悲しみであるだけでなく、虫嫌いの人を含む全人類の豊かな暮らしをも脅かす。なぜか?
それは、作物の受粉、他の生物の栄養源、枯葉や死骸、糞の分解、土壌の維持、害虫防除など、
様々な目的で人間は昆虫を必要としているからだ。
昆虫をこよなく愛する昆虫学者は訴える。
「今、昆虫たちはあなたの助けを必要としている」と。
EU 全域にネオニコチノイド系殺虫剤の使用禁止を決断させた運動の立役者であり、気鋭の生物学者である著者が、
多様な昆虫と共存することの重要性を訴える渾身の一冊。

「生態学者と昆虫学者は、昆虫がきわめて重要な存在だということをこれまで一般の人々にきちんと説明してこなかったことを深刻に受け止めるべきだ。
昆虫は地球上で知られている種の大部分を占めるから、昆虫の多くを失えば、地球全体の生物多様性は当然ながら大幅に乏しくなる。
さらに、その多様性と膨大な個体数を考えると、昆虫が陸上と淡水環境のあらゆる食物連鎖と食物網に密接にかかわっているのは明らかだ。
……私は、ほかの人たちが昆虫を好きになって大切にしてくれるように、そこまでいかなくても、昆虫を尊重してほしくてこの本を書いた。
私が昆虫を見る目で、あなたにも昆虫を見てもらいたい」(本文より)

生物の絶滅進行 世界中で今何が

週1回、虫好きが集まって、なんとなく話をする。そこの話題の半分以上は、虫がいなくなった、という嘆きである。この本が出たので、日本だけではないらしいよと、とりあえずそこで皆さんに紹介した。

虫なんか、いないほうがいい。そう思う人も多いと思う。実際にハエはあまり見なくなった。若者はハエ捕り紙がブラ下がっている風景なんて、見た覚えもないであろう。高速道路を走った後の車のウインドウ・スクリーンが潰れた虫で汚れて、それを掃除をすることも減ったはずである。新幹線の最前方の窓は見たことがないが、同じであろう。

著者はイギリスの昆虫学者だが、世界中の状況について、調べた結果をじつに丁寧に報告する。アメリカにはオオカバマダラという鳥のように渡りをするチョウがいて、冬は南部の温かい地域で集団になって越冬するので、有名である。大きなチョウなので、数えやすい。「カリフォルニアで越冬する西側のオオカバマダラは一九九七年には一二〇万匹ほどいたが、二〇一八年と二〇一九年には三万匹もいなかった」

もちろんこういう所見をいくら積み重ねても、いわゆる科学的なエビデンスにはならない。しかし、さまざまな分野で、生物の絶滅が進行しているという主張は多い。ヒトという生物もおそらく例外ではない。いわゆる先進国はどこも少子化で、このままの状況が仮に続くとすればいずれの国民も絶滅ということになろう。

虫が減るというと、もちろんなぜか、原因は、という疑問が生じる。もっとも犯人に挙げられやすいのは農薬、化学肥料、殺虫剤、除草剤である。それ以前に地球上に存在しなかった化学物質を地表にばらまく。その結果は決して完全には読めない。コロナ・ワクチンに関する議論をお読みになった人はお分かりであろう。

「コロナにかからなかった」

「ワクチンのおかげだな」

「コロナにかかった」

「重症化しなかったでしょう。ワクチンのおかげです」

「重症化した」

「基礎疾患があっただろう」

「死んだ」

「合併症ですな」

以上は中国の小話だという。農薬の害を説いても、似たような問答に巻き込まれる可能性が高い。ワクチンを農薬に置き換えてお考えください。

人体ですら「小宇宙」といわれるくらいの複雑な自然であって、それにある特定の化学物質を投与するとなにが起こるか、完全には予測できない。

本書は四百ページを超える大部の書物だから、全部を読破しようという人は少ないと思う。しかし、世界中の虫に何が起こっているのか、その事実を知りたいと思う人には良い参考書であろう。

著者は最終章の第21章「みんなで行動する」で、「じゃあ、どうすればいいのか」という対策を列挙している。とりあえずはここを読んで、できることを実行していただくのが良策だと思う。

それで問題が解決すると、私には思えない。根本問題は、自然は理性的にコントロールできるはずだという、もともとが欧米由来の暗黙の前提であろう。ヒトはそれほど利口でも、理性的でもない。
サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」 / デイヴ・グールソン
サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」
  • 著者:デイヴ・グールソン
  • 翻訳:藤原 多伽夫
  • 出版社:NHK出版
  • 装丁:単行本(432ページ)
  • 発売日:2022-08-30
  • ISBN-10:4140819103
  • ISBN-13:978-4140819104
内容紹介:
昆虫がいなくなれば、世界は動きを止める。危機を食い止める具体的な行動指針を示す、現代人必読の書!レイチェル・カーソンが、『沈黙の春』で「鳥の鳴き声が聞こえない春が来る」とDDTの危… もっと読む
昆虫がいなくなれば、世界は動きを止める。
危機を食い止める具体的な行動指針を示す、現代人必読の書!

レイチェル・カーソンが、『沈黙の春』で「鳥の鳴き声が聞こえない春が来る」とDDTの危険性を訴えたことにより、その使用が禁止されて半世紀。
私たち人間は、さらに地球環境を悪化させてきた。本書はまさしく「昆虫たちの羽音が聞こえない沈黙の春」への警告だ。
カーソンの時代の農薬よりはるかに毒性の強い農薬によって、最初に犠牲となるのは小さな無脊椎動物、昆虫だ。
土壌は劣化し、河川は化学物質に汚染されているばかりか、集約農業や森林伐採によって昆虫のすみかは縮小し、
加えて急激な気候変動で虫たちの生態環境は悪化し、減少スピードが加速している。
この現象は、虫好きの人の耐え難い悲しみであるだけでなく、虫嫌いの人を含む全人類の豊かな暮らしをも脅かす。なぜか?
それは、作物の受粉、他の生物の栄養源、枯葉や死骸、糞の分解、土壌の維持、害虫防除など、
様々な目的で人間は昆虫を必要としているからだ。
昆虫をこよなく愛する昆虫学者は訴える。
「今、昆虫たちはあなたの助けを必要としている」と。
EU 全域にネオニコチノイド系殺虫剤の使用禁止を決断させた運動の立役者であり、気鋭の生物学者である著者が、
多様な昆虫と共存することの重要性を訴える渾身の一冊。

「生態学者と昆虫学者は、昆虫がきわめて重要な存在だということをこれまで一般の人々にきちんと説明してこなかったことを深刻に受け止めるべきだ。
昆虫は地球上で知られている種の大部分を占めるから、昆虫の多くを失えば、地球全体の生物多様性は当然ながら大幅に乏しくなる。
さらに、その多様性と膨大な個体数を考えると、昆虫が陸上と淡水環境のあらゆる食物連鎖と食物網に密接にかかわっているのは明らかだ。
……私は、ほかの人たちが昆虫を好きになって大切にしてくれるように、そこまでいかなくても、昆虫を尊重してほしくてこの本を書いた。
私が昆虫を見る目で、あなたにも昆虫を見てもらいたい」(本文より)

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年9月24日

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