書評

『現代民主主義 思想と歴史』(講談社)

  • 2021/04/02
現代民主主義 思想と歴史 / 権左 武志
現代民主主義 思想と歴史
  • 著者:権左 武志
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(296ページ)
  • 発売日:2020-12-11
  • ISBN-10:4065220440
  • ISBN-13:978-4065220443
内容紹介:
なぜ民主主義は敗北し続けるのか。ルソーからアレントまで、思想家が生きた政治的現実に即して骨太に描く、渾身の民主主義思想史!

民主主義が独裁を生む危険

孔子の言葉に「吾(わ)れ未(いま)だ徳を好むこと色を好むが如くする者を見ざるなり」がある。言いかえれば「最善のものでも最愛のものにはかなわない」ということだろう。

われわれ現代人は、民主主義は最善のものだ、と思ってきた。だが、今世紀になった頃から、はたしてそうだろうかという疑念も禁じえない。その蟠(わだかま)りに、政治思想史の専門家が考え方の道筋を示唆してくれるのが本書である。

フランス革命を推進したルソーの弟子たちは、人民が自己支配する純粋な民主主義を考えていた。それが現実にありえたのかと問えば、民主主義の運動や制度の根底にある思想の可能性にまでさかのぼる必要がある。

それとともに、近代革命の所産としてのナショナリズムに対して、民主主義はどのような形で結びつき、相互に左右し合い、ときには危機を高めるのだろうかという深刻な問題がある。というのも、歴史をふりかえれば、民主主義を求める運動は、自由主義の目標と結びつくよりもナショナリズム運動の力を解放しやすく、ついには独裁を助長するという事例がしばしば見られる。これは民主主義のパラドクスであり、ナポレオンの独裁はその最初の事例である。

このために、英仏の自由主義者J・S・ミルとトクヴィルは、純粋民主主義の思想を批判して、議会制民主主義に修正した。だが、米国型大統領制を導入した第二共和政の仏国では、ナポレオン三世の独裁を招く皮肉な結果になった。さらに、国民国家の創立、自由主義市民層の成長、国際労働者運動の高まりのなかで、民族自決権の思想が生み出されている。

それぞれの国内の選挙権が民主化されるにつれて、少数派をあしらいながら、帝国主義や人種主義との絆が深まり、指導者崇拝へと結びつく。これは近代ナショナリズムの大衆化でもあり、第一次世界大戦後には、M・ヴェーバーの指導者民主主義論として結実し、C・シュミットの人民投票的民主主義論にも継承された。

このような思想的背景のなかで、少数派民族の自決権と敗戦国ナショナリズムが相互に影響しながら、ヒトラーのカリスマ的支配が現出したことは特筆される。そもそも純粋民主主義にあっても、その社会の成員を同一・同質化する欲求をもつ点は忘れてはならない。そこには個人も少数派も抑圧され、強制的に均質化されるという倒錯現象がおこりうるのだ。

第二次世界大戦の経験から、ナチスのヒトラーもソ連のスターリンも全体主義批判にさらされた。H・アレントは、アトム化した大衆を動員し、指導者の意志に全面服従させる全体主義を糾弾し、その前提としての指導者民主主義論の類も俎上(そじょう)にのせている。

20世紀末の冷戦終結後、一党独裁国家が激減し、権力集中のリスクが見えなくなっている。だが、民主主義とナショナリズムの相克の近現代史をたどれば「国民から負託を受けた強力なリーダーシップ」が独裁を正当化し、少数派排除と体制転換を誘発しやすいことは肝に銘じておくべきだ、と著者は警告する。

詳細のともなう行論は難儀な部分もあるが、要所要所で全体の流れが要約されており、粗筋はたどりやすかった。火急の課題である「現代民主主義」を知る上で、説得力のある良書としてお薦め。
現代民主主義 思想と歴史 / 権左 武志
現代民主主義 思想と歴史
  • 著者:権左 武志
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(296ページ)
  • 発売日:2020-12-11
  • ISBN-10:4065220440
  • ISBN-13:978-4065220443
内容紹介:
なぜ民主主義は敗北し続けるのか。ルソーからアレントまで、思想家が生きた政治的現実に即して骨太に描く、渾身の民主主義思想史!

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2020年12月19日

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