書評

『やわらかく、壊れる―都市の滅び方について』(みすず書房)

  • 2022/09/01
やわらかく、壊れる―都市の滅び方について / 佐々木 幹郎
やわらかく、壊れる―都市の滅び方について
  • 著者:佐々木 幹郎
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(237ページ)
  • 発売日:2003-03-06
  • ISBN-10:4622070316
  • ISBN-13:978-4622070313
内容紹介:
ノマドの眼で世紀末の東京を観察。監獄の解体現場に通い、震災下の神戸、湾岸戦争後のアラビア湾に赴く。読売文学賞受賞『アジア海道紀行』に続く都市批評。

世界に聞き耳を立てる詩人の思考

全速力で走りながら考える思想というものを夢見たのは寺山修司だが、佐々木幹郎という詩人は、歩き回りながらということを、思考のあたりまえの作法としてきた。

都市の滅びについて書かれたこの文集を読みはじめると、ひっそりと生きながらえる街を歩き回り、巨大なる暴力によって廃墟(はいきょ)と化した都市を歩く詩人の、その足音がにわかに聞こえてくる。石畳の階段を歩く音、コトコトと足下で崩れる瓦礫(がれき)の音、ざくっとめり込む砂の音。

その足音は日付を刻む音でもある。一九九〇年代前半に地べたを這(は)うような視線で描かれた東京。あいだにチベットの山奥や湾岸戦争後の砂浜をしきりに訪れている。一九九五年から足先がぐるっと転回する。被災後の神戸へ、解体中の中野刑務所へ。ここでも詩人の声は足下から響いてくる。

橋を眺めるときは橋桁(はしげた)や川縁のほうから。チベットではテントのなかにしゃがんで。神戸では瓦礫のなかから。世界に聞き耳を立てる。

足音としての文章。それは、「地球の表面にしがみついて生きている人間という、ちっぽけな動物」が、圧倒的に大きな自然に大地ごとぐいっと揺さぶられたときに、「もうここまでやったのだからいいだろう、助けてほしい」と叫ぶ、あるいは祈る、その「原始人の感覚」に共鳴する。そしてその瓦礫の上をさまよいながら、ふと民の顔に浮かび上がる意外にも柔和な心根としたたかな知恵とを見逃さない。

たとえば。「……そしたらな、二階が一階になりましてん」。震災の悲劇のさなかにもつむぎだされる関西の「語りの文化」。鉄棒やジャングルジムに布団を干し、ブランコにシートを被(かぶ)せ、土に杭(くい)を打ってテントを作り、枝に電線を這わせて配電するという、災害時における公園の利用法。そして家の倒壊を防いだ樹木の存在。ここから、民の知恵にのっとった都市の思想が語りだされる。壊れない都市はない。だから都市は、被害が最小限になるよう、「やわらかく、壊れる」設計がなされねばならない、と。

阪神大震災は、詩人の視線を関東大震災時に送り返す。震災時の上野の山で聴いた少年のハーモニカの音をきっかけに、象徴派詩人から歌謡曲の作詞家へと転身した西条八十へ。都市の瓦礫の上を「素足で」歩くように日本語の上を「素足で」歩き続けた中原中也へ。さらには大空襲のとき破れた都市の鼓膜を、音を感知できないその耳で聴いたはずの松本竣介の画業へ。その極みに、「悪魔の伯父さん」という美しくも切迫した文章がくる。そう、民を「蹂躙(じゅうりん)するように」やってくる「都市の秋」についての。

そして本書刊行直後に勃発(ぼっぱつ)した戦争。戦争はつねに、都市が「やわらかく、壊れる」のを許さない。これは、地べたを歩く詩人からしか届いてこない声だ。
やわらかく、壊れる―都市の滅び方について / 佐々木 幹郎
やわらかく、壊れる―都市の滅び方について
  • 著者:佐々木 幹郎
  • 出版社:みすず書房
  • 装丁:単行本(237ページ)
  • 発売日:2003-03-06
  • ISBN-10:4622070316
  • ISBN-13:978-4622070313
内容紹介:
ノマドの眼で世紀末の東京を観察。監獄の解体現場に通い、震災下の神戸、湾岸戦争後のアラビア湾に赴く。読売文学賞受賞『アジア海道紀行』に続く都市批評。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2003年4月13日

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