前書き

『シェルパの友だちに会いに行く エベレスト街道日誌2021』(青土社)

  • 2021/09/18
シェルパの友だちに会いに行く エベレスト街道日誌2021 / 石川直樹
シェルパの友だちに会いに行く エベレスト街道日誌2021
  • 著者:石川直樹
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(160ページ)
  • 発売日:2021-09-18
  • ISBN-10:479177406X
  • ISBN-13:978-4791774067
内容紹介:
石川直樹が自身の写真集『SHERPA』の売上をコロナ禍で困窮するシェルパに支援金として仲間とともに届ける旅の全記録。
9月の新刊『シェルパの友だちに会いに行く』は、石川直樹が自身の写真集『SHERPA』の売上を、コロナ禍で困窮するシェルパに支援金として仲間とともに届けた旅の全記録だ。
石川本人の日記と写真に加え、同行の映像ディレクター、編集者、トレイルランナーの手記を 併録。付録として、コロナ禍の2021年春、日本人で唯一エベレスト遠征に参加した上田優紀氏との対談、石川直樹の『ぼくの道具2021』、『エベレスト街道今日の食事』これまで石川が撮りためてきたシェルパの写真も多数収録。
以下、本書の「はじめに」を抜粋して公開します。

はじめに

2021年4月から5月にかけて、ぼくは友人たちとネパールに出かけた。

2020年初頭から世界はコロナ禍に突入し、ぼく自身も海外へ行かれなくなって久しい。そして、たった今も新型コロナウイルスの感染拡大は収束するどころか、変異株などの登場によって世間をにぎわせている。

この疫禍がなければ、2021年夏は東京オリンピックのから騒ぎなどをよそに、ぼくはカラコルムで2カ月以上の登山遠征に参加する予定でいた。しかし、それもすべて白紙になってしまった。

コロナ禍の余波に関しては、日本でも様々な影響が取り沙汰されているが、インフラの整っていない途上国のほうが、その影響はより深刻だ。遠征が白紙になって困ったのはぼ くだけではなく、ヒマラヤを抱えるネパールという小国、特に観光や登山のガイドによって一年の生計を立てているシェルパたちはかつてないほどの困難な状況に直面していた。

ネパールの登山シーズンは、一年のうち、春と秋の2回やってくる。モンスーンが到来する夏と、雪に閉ざされる冬は登山には適さない(ぼくが2021年の夏に行こうとしていたのはカラコルム山脈で、パキスタンに位置する。カラコルムの登山シーズンはネパールから少しだけずれて、夏なのだ)。

2020年春は新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、ネパール政府によってヒマラヤの入山が禁止され、ヒマラヤにおけるツアーや遠征の類は全てキャンセルになった。

こうしたツアーや遠征に参加する外国人が支払う費用はネパールの物価からすればとても高額である。シェルパたちは賃金に加えて、8000メートル峰ならば登頂ボーナスなどもあって、春と秋の遠征隊に参加するだけで1年間余裕をもって暮らしていけるほどのお金を得ることができた。が、2020年はそうした一切が絶たれ、多くのシェルパたちは一時失業し、故郷の村へと帰っていった。

地元の村では農作業に従事するくらいしか仕事がなく、家族を養っていく余裕はなくなっていく。日本のように政府からの援助(わずかだったけれど)もないために、知り合いのシェルパたちからはSNSを経由して悲痛なメッセージがぼくのもとに届いていた。

今まで数々の遠征でさんざんシェルパたちに世話になってきたこともあって、苦境に立たされているシェルパたちにどうにか恩返しができないだろうか、とぼくは考えた。そうして思いついたのが、写真集を作ってシェルパの生き方や文化を日本の人々に周知してもらいつつ、その本の売り上げを彼らに寄付するプロジェクトである。

写真集『SHERPA』は小さなプリント付き特別版30部を含む330部として、アウトドアウェアブランドのザ・ノース・フェイスとタッグを組んで、2020年10月16日に発売された。反響は大きく、わずか3日間で全て売り切れとなり、当初の目的はすぐに達成されることになった。

シェルパたちに寄付金を届ける方法だが、海外送金でどこかの団体や個人に送るよりは、自分が直接現金を手渡すのが一番確実だろうと考えた。彼らは今まさに困っているので、なるべく早いほうがいい。自分一人で行ってもいいのだが、今回はエベレスト街道を歩いてシェルパの友だちに会いに行く旅なので、厳しい旅ではないし、この素晴らしい道のりを歩く経験を誰かと分かち合うのがいいんじゃないか。そう思って、まず思い浮かんだのが、一緒に写真集『SHERPA』を作った編集者の辻村慶人さんである。辻村さんは『TOO MUCH MAGAZINE』という英語のカルチャー誌の編集長で、英語はペラペラだが、登山の経験はまったくない。でも、10年近く共に仕事をしていて、旅のトークイベントもたくさん企画しており、ヒマラヤに関する知識だけは豊富だ。まず彼に声をかけたところ、即答で「行きます」と返事をくれた。

次に、写真集のアートディレクションを担当してくれた前田晃伸さんにも声をかけた。一時は同行できる予定だったのだが仕事の都合で行かれなくなってしまった。それと前後して、テレビ番組を制作するフリーランスの映像ディレクター、亀川芳樹さんと知り合い、何度か喫茶店で話をしているうちに、この旅に同行したいと申し出てくれた。まだお会いして間もないけれど、亀川さんは世界最高齢でエベレストに登頂した三浦雄一郎さんのヒマラヤ行きの前の高所順応の旅や、探検家の角幡唯介さんの北極圏グリーンランド遠征にも同行していて、フィールドでの経験は豊富だった。学生時代はアメフトをやっていたということでガタイもいいし、この人は信頼できそうだ、と思ったので、一緒に来てもらうことにした。

最後に、登山は初心者だけれど、これを機にヒマラヤにハマってくれそうな人を探した。友人・知人の顔を思い出していくうちに、トレイルランナーの福島舞さんの顔が頭に浮かんだ。かつて辻村さんと企画したトークイベントにも来てくれていたし、そういえばヒマラヤに行きたそうにしていたなあ、と。彼女は本書を出版してくれた青土社に勤務もしていて、一方でトレイルランナーとしての経験は十二分にあったが、高所登山や雪山登山の経験はない。でも、単なる直感だがポテンシャルの幅がありそうだった。ダメ元で声をかけたら、すぐに「行きたいです」と返事が来た。ぼくと辻村さんと亀川さんという3人ではあまりにもむさくるしいので、女性がいたほうがいい。では是非、ということになって、今回の旅のメンバー4人が決まった。

ぼくは旧知の仲だったカトマンズの旅行会社マウンテンエクスペリエンス社のタムディンに連絡し、4人で行く旨を告げて、スケジュールを組んでもらうことにした。友人のシェルパの村を訪ねるだけでなく、体がなまっていたので6000メートル程度の山にも登りたいと思っていたし、できればシーズン真っ最中のエベレスト・ベースキャンプに行って、顔見知りのシェルパたちにも会いたいと思った。こうした希望をすべて取り入れた日程が組まれ、ぼくたちの2021年春のヒマラヤへの旅が実現することになった。

コロナ禍における苦境はどこも同じだし、願わくばネパールの登山文化とシェルパたちの暮らしをほんの少しでも応援できないだろうか。そんな個人的な思いを起点に、4人による旅がはじまったのである。

[書き手]石川直樹(写真家)
シェルパの友だちに会いに行く エベレスト街道日誌2021 / 石川直樹
シェルパの友だちに会いに行く エベレスト街道日誌2021
  • 著者:石川直樹
  • 出版社:青土社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(160ページ)
  • 発売日:2021-09-18
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石川直樹が自身の写真集『SHERPA』の売上をコロナ禍で困窮するシェルパに支援金として仲間とともに届ける旅の全記録。

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