自著解説

『日本古代の記憶と典籍』(八木書店)

  • 2021/11/29
日本古代の記憶と典籍 / 長谷部 将司
日本古代の記憶と典籍
  • 著者:長谷部 将司
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • 発売日:2020-05-08
  • ISBN-10:4840622361
  • ISBN-13:978-4840622363
内容紹介:
史書・系譜・説話・詩歌集など多様な典籍を検討し、その編纂者と受容者との間で共有・更新される「情報」と「記憶」に注目し、氏族秩序の形成過程に迫る意欲作1)多種多様な典籍を検証日本古… もっと読む
史書・系譜・説話・詩歌集など多様な典籍を検討し、その編纂者と受容者との間で共有・更新される「情報」と「記憶」に注目し、氏族秩序の形成過程に迫る意欲作

1)多種多様な典籍を検証
日本古代の史書・系譜・説話・詩歌集などさまざまな典籍を検討し、作成者がどのような意図で編纂したのか、受容者はどのような認識で受け取ったのかなどの観点から、双方における「記憶」の形成や更新の実態、両者の情報格差をあざやかに明示する。

2)最古の史書を読む意味
『日本書紀』を読む儀式「日本紀講書」に注目し、受容者の『日本書紀』への接触という観点から、『日本書紀』の「万世一系」規範が奈良時代に徹底しえなかった点を指摘する。また弘仁・承和年間など皇統の危機に「日本紀講書」を実行した点に、『日本書紀』を持ち出すことで記憶を更新する政治的意味を読み取る。

3)氏族系譜の更新と集積
平安初期成立の『新撰姓氏録』は地方豪族の系譜を多く収録した『古事記』を引き継ぐ事業だったが、王権の方針転換により挫折したと捉える。また同時期の各種「氏文」を私撰史書と位置づけつつ、受容者としての王権がそれらを王権強化の手段として利用した点に系譜の持つ双方向性を指摘する。

4)漢詩集から読み解く仕奉
平安初期成立の三編の勅撰漢詩集『凌雲集』『文華秀麗集』『経国集』や、菅原道真による『菅家文草』を読み解き、漢詩の応答が君臣間の新たな仕奉行為であり、勅撰漢詩集への載録などによる記憶化が王権に対する諸氏族の仕奉の確認行為となることを明らかにする。

5)王権と共に変容する神々
九州の一地方神だった八幡神はいかにして中央に進出し応神天皇となったのか、桓武天皇の弟で怨霊となった早良親王はなぜ「崇道天皇」を追贈されたのか、菅原道真の怨霊はいかにして天神として受容されたのか、これら新興の神々の分析より、王権から与えられた地位により神々が秩序化される具体相を明らかにする。
口承の世界から文字による記録へと置き換わった古代の日本において、人々の「記憶」はいかに形成されたのだろうか。
 

情報を記憶し、記録する

国内はおろか世界中を巻き込むコロナウイルス。その影響で私の職場でも休校が続き、最近ではテレワークやオンライン学習への本格的な取り組みが求められている。このような対応はこの20数年で急速に進展したIT化により可能となった。私が大学生の頃はまだ電子メールや携帯電話も身近でなかったことを鑑みれば、この状況下でも様々な対応が可能なインフラが存在することの有り難さが身にしみる。とはいえ、デジタルネイティブでない私は、身の回りの環境が急速に変化していく中で日々試行錯誤を繰り返しているのが現状である。

そんなことを考えながら生徒向けの教材を作成していると、ふと先頃まで執筆していた本書『日本古代の記憶と典籍』の登場人物たちに思いが至った。本書での中心的な課題が、「典籍」という文字情報の蓄積で構成された「記録」と、その記録の提供および受容という双方向的な営みの中で構築される「記憶」との関係にあったためである。

そもそも、人類は言語の発明により複雑な情報の構築・伝達および脳内への記憶を可能にした。次いで文字の発明によりその記憶を記録として外部化することで、記憶の消滅を回避し時間・空間を超越する術を見出した。さらに紙の発明により大量の記録の蓄積・伝播を可能にすることで、文明化の進展に決定的な役割を果たした。この紙による情報・記録・記憶化のシステムは活版印刷などの技術革新により一層拡大し、紙に拠らない音声・映像メディアも登場した現在でも優越性を保っている。だが、ここ数十年間におけるデジタルメディアの急速な普及は、その圧倒的な容量や伝達速度、さらには記憶を媒介する実体としてのモノをほぼ必要としない点で、それこそ紙の登場以来ともいえるメディア環境の一大変革であり、連動して社会全体も大きな変容を遂げつつある。


古代社会と集合的記憶

振り返ると、7世紀以降の列島の支配者層たちも、厳しい国際環境の中で生き残るために、中国に範をとった律令体制という文明化を受け入れ、急速に文字の使用が普及する中で試行錯誤を続けていた。それまでの口承の世界が急速に文字による記録に置き換わる状況下では、この新知識・技術が自らや周囲にいかなる影響をもたらすか、誰もが正確には読み切れなかったであろう。実際に予期せぬこともしばしば起こったが、そのようなミスリードをも含めた蓄積の上に、最終的な支配者集団内の意識統一が果たされ、構築された記憶の一端は現代にまで大きな影響を与えた。本書ではこれを「集合的記憶」の観点から捉え直し、この間の過程を丹念に辿っている。
 
なお、集合的記憶という可視化できない概念が説得力を持つためには、集団の構成員の大部分がそう認識したと信じるに足る根拠の蓄積が必須である。だからこそ記憶の問題は、行政機構が整備され、残存する帳簿類の悉皆調査などによる統計処理が可能な、また一般庶民に至るまでの識字率が向上し、個人の記録が多く残される、近代以降にこそ有効な手法といえる。時代が遡り、それらの条件が未整備・未達成であるほど、結論の精度は失われていく。とはいえ、これは国民のように対象を広く捉えるからであり、対象範囲を当該期の識字層、さらには典籍というモノの流通圏に限定することで、結論の曖昧さはかなりの部分で回避できる。少なくとも成立当初の『日本書紀』は、理念上の射程こそ広大だが、現実には一般の人々はおろか地方の支配者層さえも置き去りにしていた。

また、典籍類は歴史書も含めてその記載内容が文学性を帯びることを免れない。ただし、当時の受容者側の多くは、記載内容に対する詳細な認識以前に、モノのとしての典籍そのものに価値と権威を見出している。一昔前は百科事典を応接間に並べることが教養の証しでもあったように、内容についての大まかな共通認識があれば、そこには固有の記憶が付与されるためである。本書ではこの点にも着目し、『日本書紀』をはじめ説話集の『日本霊異記』、勅撰漢詩集の『凌雲集』『文華秀麗集』『経国集』、菅原道真による『菅家文草』などを読み解いたが、集団性の観点、特に外部から典籍に付与された記憶を掘り下げることを重視したため、作品の文学的側面にはほぼ触れていない。この側面での展開を期待する向きもあるかとは思うが、ご理解いただければ幸いである。

[書き手]長谷部将司(はせべまさし)
1974年 埼玉県生まれ
2004年 筑波大学大学院博士課程歴史・人類学研究科修了 博士(文学)
現 在 茨城高等学校・中学校教諭。専門は日本古代史。
〔主な著作〕
『日本古代の記憶と典籍』(単著、八木書店、2020年)
『日本古代の地方出身氏族』(単著、岩田書院、2004年)
『奈良平安時代の〈知〉の相関』(共編著、岩田書院、2015年)
〔主な論文〕
「平安初期の京貫と在地社会―和気氏・賀陽氏と備前・備中―」(『吉備地方文化研究』19、2009年)
「その後の古代豪族―律令国家体制下での転身―」(洋泉社編集部編『古代史研究の最前線 古代豪族』洋泉社、2015年)
「高麗朝臣氏の氏族的性格―二つの「高麗」をめぐる記憶の受容―」(篠川賢編『日本古代の氏と系譜』雄山閣、2019年)
日本古代の記憶と典籍 / 長谷部 将司
日本古代の記憶と典籍
  • 著者:長谷部 将司
  • 出版社:八木書店
  • 装丁:単行本(378ページ)
  • 発売日:2020-05-08
  • ISBN-10:4840622361
  • ISBN-13:978-4840622363
内容紹介:
史書・系譜・説話・詩歌集など多様な典籍を検討し、その編纂者と受容者との間で共有・更新される「情報」と「記憶」に注目し、氏族秩序の形成過程に迫る意欲作1)多種多様な典籍を検証日本古… もっと読む
史書・系譜・説話・詩歌集など多様な典籍を検討し、その編纂者と受容者との間で共有・更新される「情報」と「記憶」に注目し、氏族秩序の形成過程に迫る意欲作

1)多種多様な典籍を検証
日本古代の史書・系譜・説話・詩歌集などさまざまな典籍を検討し、作成者がどのような意図で編纂したのか、受容者はどのような認識で受け取ったのかなどの観点から、双方における「記憶」の形成や更新の実態、両者の情報格差をあざやかに明示する。

2)最古の史書を読む意味
『日本書紀』を読む儀式「日本紀講書」に注目し、受容者の『日本書紀』への接触という観点から、『日本書紀』の「万世一系」規範が奈良時代に徹底しえなかった点を指摘する。また弘仁・承和年間など皇統の危機に「日本紀講書」を実行した点に、『日本書紀』を持ち出すことで記憶を更新する政治的意味を読み取る。

3)氏族系譜の更新と集積
平安初期成立の『新撰姓氏録』は地方豪族の系譜を多く収録した『古事記』を引き継ぐ事業だったが、王権の方針転換により挫折したと捉える。また同時期の各種「氏文」を私撰史書と位置づけつつ、受容者としての王権がそれらを王権強化の手段として利用した点に系譜の持つ双方向性を指摘する。

4)漢詩集から読み解く仕奉
平安初期成立の三編の勅撰漢詩集『凌雲集』『文華秀麗集』『経国集』や、菅原道真による『菅家文草』を読み解き、漢詩の応答が君臣間の新たな仕奉行為であり、勅撰漢詩集への載録などによる記憶化が王権に対する諸氏族の仕奉の確認行為となることを明らかにする。

5)王権と共に変容する神々
九州の一地方神だった八幡神はいかにして中央に進出し応神天皇となったのか、桓武天皇の弟で怨霊となった早良親王はなぜ「崇道天皇」を追贈されたのか、菅原道真の怨霊はいかにして天神として受容されたのか、これら新興の神々の分析より、王権から与えられた地位により神々が秩序化される具体相を明らかにする。

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ALL REVIEWS 2021年11月29日

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