自著解説

『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』(文学通信)

  • 2022/01/28
欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識 / 一般財団法人人文情報学研究所
欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識
  • 著者:一般財団法人人文情報学研究所
  • 翻訳:小風 尚樹,小川 潤,纓田 宗紀,長野 壮一,山中 美潮,宮川 創,大向 一輝,永崎 研宣
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(495ページ)
  • 発売日:2021-07-26
  • ISBN-10:4909658580
  • ISBN-13:978-4909658586
内容紹介:
デジタル技術と人文学の新たな関係が求められているいま、押さえておきたい思想と技術が学べる本。西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の主流を形成しているのは欧米… もっと読む
デジタル技術と人文学の新たな関係が求められているいま、押さえておきたい思想と技術が学べる本。

西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の主流を形成しているのは欧米圏の組織やプロジェクトが多いが、言語の壁や情報技術の進歩の速さのため、あるいは西洋研究の文脈での知識が必要であるといった事情から、日本で西洋世界のデジタル・ヒューマニティーズに関する情報を入手するための手だてはいまだ乏しい。この問題意識のもと、メールマガジン『人文情報学月報』に掲載された記事を加筆・修正する形で、西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の成果を知る本を編みました。

第一部では哲学から教育まで、テーマ別にデジタル・ヒューマニティーズを把握できるよう配列。第2部は「時代から知る」と題し、古代から近現代までを研究対象としたさまざまな実践を紹介。第三部は宮川創氏によりドイツ・ゲッティンゲン大学を中心とした欧州各地での事例を紹介します。

執筆は、小風尚樹/小川潤/纓田宗紀/長野壮一/山中美潮/宮川創/大向一輝/永崎研宣/Neil Fraistat/菊池信彦/横山説子/Alex Gil/Niall O’Leary/西川開/James Cummings/鈴木親彦/髙橋亮介/吉川斉/永井正勝/赤江雄一/安形麻理/徳永聡子/北村紗衣/Pip Willcox/槙野翔/小風綾乃/松下聖/舩田佐央子の各氏。

【本書が目指すのは、西洋世界を題材として扱うDHの研究動向を調査するための足がかりを提供することである。本来、最新の学界動向を追えることが理想的ではあるが、その情報のみをピンポイントで知ることは容易でない上に、それだけを知っても効果的にそれを活用することは難しい。本書はあくまでも点描にすぎないものの、それを通じて全体の雰囲気をつかむと同時に、類例を介して関心ある分野における状況を調査するための土台を築く手助けとなることを、編者としては願っている。】序より。
人類の知的資源はどのように展開されていくのか。西欧近代の活版印刷技術がもたらしたメディアが数式記述の標準化を容易にしたことで科学革命の実現に寄与したことはよく指摘されるところであり、一方で、同じ現象に対して異なる表現が存在することを広く周知させ、それを記述し同一の地平を共有するための手続きとしてのテキスト校訂への道を拓いたこともよく言われるところである。人文学研究における情報の共有は、それ以降長らくこの紙メディアを前提として展開してきた。そしてそれはもちろん、変わりつつある。

デジタル時代の人文学ーー新しいメディアのなかで

現在、我々は、デジタル媒体が新たな主要のメディアの座に就こうとする様子を目の当たりにしているところである。これまでに比べたデジタル媒体は、即時性、可搬性、伝達性等、様々な面で既存の媒体を圧倒しており、一方で、不足する部分や負の帰結をもたらし得る側面も明らかになりつつある。そのこと自体はすでに様々な論者達が予測してきたことに含まれており、おおむね、そのいずれかの予測に沿って推移してきたと言ってよいだろう。そして、我々に現在与えられているのは、そのうちの一部を実際に試し、検証し、そこからさらに新しい知見を実証的に導き出すことも可能な環境である。人文学のこれまでの営みが、紙媒体というメディアにどれくらい制約されてきたのか、その制約によって何を産み出し、何を失ってきたのか。新しいメディアは、新たに実現可能なことだけでなく、既存メディアをめぐる環境を検証する機会も提供してくれる。

日本からは見えにくかったこれまでの動向

そのようにして人文学の基盤となってきた部分を問い直すこと、それはデジタル・ヒューマニティーズに期待される重要な課題の一つだろう。ではそれはどのようにして取り組まれているのだろうか。少し振り返ってみると、この30年ほど、欧米では人文学の成果をデジタル媒体で表現する手法に着々と取り組んできた。規格を作り、それにあわせたデータを作成し、ソフトウェアを開発する。そして、それらを担えるような人文学の人材を育成すべく、カリキュラムを作り、教材を開発し、それらはWebで自由に利用できるようにする。育成した人材のキャリアパスを確保すべく、国際学会を作り査読付きジャーナルを複数刊行し、インパクトファクターにも対応させる。毎年国際学術大会を開催し、研究の水準を高めるべく切磋琢磨しつつ国際的な紐帯を確かなものにし、次の戦略を立てるべく研究助成機関の担当者も交えて議論する。このようなデジタル・ヒューマニティーズ学会の活動以外にも、デジタル技術の応用が進む人文系の学会では学術大会でデジタル技術を扱うセッションを組まれ、専門に特化された議論が様々に展開される。こうした一連の活動は、政府をはじめとする研究助成金に支えられて着々と進められてきた。もちろん、欧米圏でもこうした動向に無関心であったり、むしろ後ろ向きであった人文学者も少なくなく、決してすべての人文学者が取り組んできたわけではなかった。それゆえ、日本からはやや見えにくい現象だったかもしれない。

欧米圏の動向を手がかりに考えてみる

『欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識』が提示するのは、そのようにして推進されてきた欧米圏のデジタル・ヒューマニティーズの断片である。すでに欧米圏のこの種の動向は、個別の大学カリキュラムからEUレベルでの研究助成事業に至るまで、幅広く巨大なものとして広く浸透しており、さらに、変化の速度も大きく、これを一から体系的に解説することは、なかなか容易ではない。しかし、すでに大きな動きとなっているものを看過するわけにもいかない。幸いにして、本書に主に含まれているのは、これまで若手研究者を中心として国内外の多様な情報が提供されてきたメールマガジン『人文情報学月報』に集積されてきた、欧米圏に関する多様な過去記事群であり、この動向を垣間見るための様々な道筋を提供してくれる。

冒頭の問い「人類の知的資源はどのように展開されていくのか」に戻ろう。人類の知的資源を、デジタル・ヒューマニティーズ、あるいはそもそも、これからのデジタル時代にその主要媒体を通じて展開していこうとするなら、あらゆる意味でできる限り自由に利用できる知的資源が適切にデジタル化されている必要がある。そして、それを適切に分析するためのツールや、それに基づく分析手法も必要となる。それにより、専門知を共有し深化させることが可能となるだけでなく、デジタル技術によって横断的に研究利用されることにもなる。その先には、横断的・総合的な知として再構築された成果があり、その成果もまた再利用されることで新たな成果を産み出していくことになる。本書の読者が、そこに自らの道筋を立て、参画していくための手がかりとして本書をお役に立てていただければ幸いである。

[書き手]永崎研宣(ながさき・きよのり)
1971年生まれ。一般財団法人人文情報学研究所主席研究員。筑波大学大学院博士課程哲学・思想研究科単位取得退学。博士(関西大学・文化交渉学)。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所COE研究員、山口県立大学国際文化学部助教授等を経て一般財団法人人文情報学研究所の設立に参画。これまで各地の大学研究機関で文化資料のデジタル化と応用についての研究支援活動を行ってきた。学会関連活動としては、情報処理学会論文誌編集委員、日本印度学仏教学会常務委員情報担当、日本デジタル・ヒューマニティーズ学会議長、TEI Consortium理事等を歴任。著書に『文科系のための情報発信リテラシー』(東京電機大学出版局、2004年)、『日本の文化をデジタル世界に伝える』(樹村房、2019年)など。
欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識 / 一般財団法人人文情報学研究所
欧米圏デジタル・ヒューマニティーズの基礎知識
  • 著者:一般財団法人人文情報学研究所
  • 翻訳:小風 尚樹,小川 潤,纓田 宗紀,長野 壮一,山中 美潮,宮川 創,大向 一輝,永崎 研宣
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(495ページ)
  • 発売日:2021-07-26
  • ISBN-10:4909658580
  • ISBN-13:978-4909658586
内容紹介:
デジタル技術と人文学の新たな関係が求められているいま、押さえておきたい思想と技術が学べる本。西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の主流を形成しているのは欧米… もっと読む
デジタル技術と人文学の新たな関係が求められているいま、押さえておきたい思想と技術が学べる本。

西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の主流を形成しているのは欧米圏の組織やプロジェクトが多いが、言語の壁や情報技術の進歩の速さのため、あるいは西洋研究の文脈での知識が必要であるといった事情から、日本で西洋世界のデジタル・ヒューマニティーズに関する情報を入手するための手だてはいまだ乏しい。この問題意識のもと、メールマガジン『人文情報学月報』に掲載された記事を加筆・修正する形で、西洋世界におけるデジタル・ヒューマニティーズの研究・教育の成果を知る本を編みました。

第一部では哲学から教育まで、テーマ別にデジタル・ヒューマニティーズを把握できるよう配列。第2部は「時代から知る」と題し、古代から近現代までを研究対象としたさまざまな実践を紹介。第三部は宮川創氏によりドイツ・ゲッティンゲン大学を中心とした欧州各地での事例を紹介します。

執筆は、小風尚樹/小川潤/纓田宗紀/長野壮一/山中美潮/宮川創/大向一輝/永崎研宣/Neil Fraistat/菊池信彦/横山説子/Alex Gil/Niall O’Leary/西川開/James Cummings/鈴木親彦/髙橋亮介/吉川斉/永井正勝/赤江雄一/安形麻理/徳永聡子/北村紗衣/Pip Willcox/槙野翔/小風綾乃/松下聖/舩田佐央子の各氏。

【本書が目指すのは、西洋世界を題材として扱うDHの研究動向を調査するための足がかりを提供することである。本来、最新の学界動向を追えることが理想的ではあるが、その情報のみをピンポイントで知ることは容易でない上に、それだけを知っても効果的にそれを活用することは難しい。本書はあくまでも点描にすぎないものの、それを通じて全体の雰囲気をつかむと同時に、類例を介して関心ある分野における状況を調査するための土台を築く手助けとなることを、編者としては願っている。】序より。

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