書評

『写文集-我が愛する詩人の伝記』(中央公論新社)

  • 2022/02/12
写文集-我が愛する詩人の伝記 / 室生 犀星
写文集-我が愛する詩人の伝記
  • 著者:室生 犀星
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2021-12-09
  • ISBN-10:4120054829
  • ISBN-13:978-4120054822
内容紹介:
親しき友人たちを詩人が追慕し、その故郷を写真家が訪ねる。写真集『詩のふるさと』と併せたありし日の日本の詩情を捉えた写文集。

詩人たちの横顔を捉えた卓抜な批評

室生犀星の『我が愛する詩人の伝記』は、一九五八年一月から十二月にかけて『婦人公論』に同題で連載された文章をまとめたものである。犀星没後六〇年として編まれた本書が写文集と題されているのは、初出時に犀星の散文に寄り添っていた濱谷浩の写真を呼び寄せているからだ。じつは写真の方も『詩のふるさと』として、犀星の本と同時に世に出ていた。

濱谷浩の写真は、その清潔な構図と節度のある抒情をもって、輪郭のない犀星の散文をみごとに支えている。詩人たちのゆかりの土地を訪ねて切り取ってきた鮮やかな映像と選ばれた詩との相乗効果で、収められた十二篇は文学紀行にもなっている。

北原白秋と柳河、高村光太郎と阿多多羅山・阿武隈川、萩原朔太郎と前橋、釈迢空と能登半島、堀辰雄と軽井沢・追分、立原道造と軽井沢、津村信夫と戸隠山、山村暮鳥と大洗、百田宗治と大阪、千家元麿と出雲、島崎藤村と馬籠・千曲川、そして作者犀星と金沢。濱谷浩の写真と並べると、詩の言葉に、書き手が触れた土地や人肌から発せられる気のようなものが含まれていることに気づかされる。

しかし本書の真の魅力は、独特の律動を持った犀星の、手びねりの文章にある。純真で遠慮のない子どもとずる賢い大人が共存しているまなざしで捉えられた詩人たちの横顔は、いったんゆがみ、しばらくすると元にもどってあたらしい真実となり、知らぬ間に卓抜な批評として読者の心に焼き付けられるのだ。

たとえば師の白秋が、詩誌『朱欒(ザムボア)』に投稿された犀星の詩について、十年後に酒の席でその原稿の字のひどく拙かったことを「ひときわ真面目な顔付」で指摘し、ではどうして採用してくれたのかと問われると、「字は字になっていないが詩は詩になっていたからだ」と答えた話。白秋の慧眼(けいがん)は犀星の文学の根を簡潔に言い当て、犀星はその現場の空気を逃さず、ぎゅっと拳に包む。白秋は犀星を「故郷の郷という字も碌(ろく)にかけない男だ」と評しているのだが、最もよく知られた犀星の詩「小景異情」の、遠きにありて思うものとしてのふるさとは、漢字が書けない男だから生まれたのだとつい言いたくなる陽性の逸話だ。

犀星とおなじく白秋の雑誌の投稿者として親友となった萩原朔太郎との関係も控えておきたい。「私がたちの悪い女で始終萩原を追っかけ廻していて、萩原もずるずるに引きずられているところがあった」。酒を飲み、口論して別れた晩の犀星は恋人に振られたように黙して「何処(どこ)に行ってもおちつきがなかった」という。理に立つ男と理を拒む男の、隔たりがあるからこその愛憎が、危うい譬(たと)えの中で小説の一場面になる。

高村光太郎を智恵子に照らした一節にも、残酷な性愛の匂いがある。「かれが死ぬまで、智恵子の肉体がかれのお腹(なか)のうえにあって、かれの胃と腸をあたためていた」。「かれ」を無造作に繰り返すこんな寸評に触れると、光太郎の詩にはやわらかい腹部があって、大きな手がその上で見えない言葉の卵を包んでいるとしか思えなくなってくるだろう。その卵を孵化させるのが詩の器だとすれば、愛する知友について四苦八苦しながら、字になっていない字で綴っていた犀星こそ、真正の詩人と呼ばれるべきかもしれない。
写文集-我が愛する詩人の伝記 / 室生 犀星
写文集-我が愛する詩人の伝記
  • 著者:室生 犀星
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2021-12-09
  • ISBN-10:4120054829
  • ISBN-13:978-4120054822
内容紹介:
親しき友人たちを詩人が追慕し、その故郷を写真家が訪ねる。写真集『詩のふるさと』と併せたありし日の日本の詩情を捉えた写文集。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年2月5日

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