自著解説

『論考 日本中世史: 武士たちの行動・武士たちの思想』(文学通信)

  • 2022/02/21
論考 日本中世史: 武士たちの行動・武士たちの思想 / 細川 重男
論考 日本中世史: 武士たちの行動・武士たちの思想
  • 著者:細川 重男
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:新書(278ページ)
  • 発売日:2022-03-08
  • ISBN-10:490965870X
  • ISBN-13:978-4909658708
内容紹介:
今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように――。そして歴史の楽しみ方は、なにも研究することばか… もっと読む
今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように――。
そして歴史の楽しみ方は、なにも研究することばかりではない。小説・エッセーを書く、マンガやイラストを描く、ゲームをやる、あるいは作る。そして我が家で子供たちに昔の人の物語を語り聞かせる。それぞれの人が自分のやり方で歴史を楽しんでほしい――。
中世史研究者、歴史愛好家、すべての歴史好きに贈る、前代未聞で形容しがたい、しかし抜群に面白い歴史読本。
本書で歴史がもっと好きになることは請け合いです!

【「歴史は少し高尚な娯楽」と言うたのは亀田俊和氏であるが、これを聞いた時、我が意を得たと思った。実際、『吾妻鏡』や古文書を含め、「ナンじゃ、こりゃ? 『少年ジャンプ』より、おもしれェー!」と笑ってしまうモノは、ケッコーある。そして、ゲラ! ゲラ! 笑うのだけが、「おもしろい」のではないのである。涙がこぼれるほどに感動するコトも「おもしろい」なのである。今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように。それなのに、大学教員・大学院生の中には、「歴史研究をしている」だけで自分を「偉い」と思い込み、一般の歴史愛好者を見下しているヤツらがいる。露骨に態度に示すヤツもいれば、外面はフレンドリーな態度をとりながら腹の中真っ黒というヤツもいる。いずれにしろ、こーゆーヤツらの研究に限って、たいしたことない。バッ! カ! じゃなかろうか!…あとがきより】
大河ドラマ各回が放送されるたびに、SNSで著書が話題になる細川重男氏。すべての歴史好きに向けた新刊『論考 日本中世史─武士たちの行動・武士たちの思想─』(文学通信)の発売を目前に控え、大河ドラマをめぐる、“あの問題”から歴史の面白さに迫ります。

 「の」は付ける?付けない!?話題の大河ドラマをめぐる論争−−そこから見える北条時政の意外な一面

「の」ではじまる論争

今年(二〇二二年)のNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』は、源頼朝の妻北条政子の弟、北条義時を主人公としている。鎌倉時代は、あまりドラマにならないのだが、この作品は、とりあえず出だし好調のようである。
その『鎌倉殿の13人』について、一月後半にインターネットで話題になったのが、このドラマでは氏(うじ)(源・平・藤原などなど)だけでなく苗字(みょうじ)(名字 武田・北条・安達などなど)にも「の」を付けて呼んでいることである。たとえば、一回目の終わり頃と二回目の冒頭(同じシーン)で、主人公北条義時の父、時政が「北条の時政」と続けて二回も名乗っている。
ネットでは、〝苗字には「の」を付けない〟派と〝苗字には「の」を付ける〟派の間で、チョットした論争になった。
現在、源頼朝は「みなもとのよりとも」、北条義時は「ほうじょうよしとき」と呼ばれているように、通常、氏には「の」を付け、苗字には「の」を付けない。中学校や高校の日本史の授業でも、そのように教えているはずである(現在、私は満五十九歳なので、半世紀以上前ではあるが、そのように学校で習った覚えがある)。
苗字には「の」を付けるのか? 付けないのか? どっちが正しいのか、決着を付けようというのが、このエッセーの趣旨である。

 

結論を言ってしまえば

まず、武士の名前についての基本的な話をしておく。たとえば、北条時政の名乗りは「北条四郎時政」である。これを分解すると、「北条」が苗字、「四郎」は仮名(けみょう)(通称)で四男坊の意味、「時政」は諱(いみな)(実名)(じつみょう)で、いわば本名である。諱は主君や本人より身分の高い人しか呼ばず、ふだんは仮名で呼ばれていた。
そして結論を先に言ってしまえば、苗字に「の」は「付けられた」のである。古代・中世の人々は氏にも苗字にも「の」を付けて呼び、読んでいた。例を示すと、『増鏡』(ますかがみ)十九は元弘元年(一三三一)十一月の記事で、当時の鎌倉幕府の大幹部、長井高冬(たかふゆ)を「長井の右馬助高冬」(ながいのうまのすけたかふゆ)と記している。また、同じく鎌倉末期、正和元年(一三一二)八月十八日付の古文書「平忠綱譲状」(たいらのただつなゆずりじょう)(鎌倉遺文二四六三八)に「つのきやうふの大輔殿」(つのきやうふのたいふどの)とある。「つ」は当時の「摂津」の読みで、漢字で書けば「摂津刑部大輔殿」(つのぎょうぶのたいふどの)となる。これは、やはり当時の鎌倉幕府で大幹部であった摂津親鍳(つのちかあき)のことである。親鍳の摂津は先祖の任官した摂津守(つのかみ)からできた苗字である。

 

北条時政が提出した名簿には

『鎌倉殿の13人』の時代、鎌倉初期の事例を示そう。北条時政の例である。時政は壇ノ浦合戦で平家が滅亡した文治元年(一一八五)の十一月から四ヶ月ほど在京した。この間の時政は、いわゆる守護・地頭設置を朝廷に認めさせたほか、京都の治安維持にあたるなど、まさに八面六臂(はちめんろっぴ)の活躍で、摂関家(せっかんけ)の九条兼実(かねざね)は時政(当時四十九歳)を「近日珍物(ちんぶつ)か」(兼実の日記『玉葉』(ぎょくよう)三月二十四日条)と褒(ほ)めている。そして翌文治二年三月二十七日、帰東することになった時政は、洛中(らくちゅう)警備のため京都に残る三十五人の交名(きょうみょう)(名簿)を朝廷に提出した。この交名は『吾妻鏡』に全文引用されているが、漢字平仮名交じり文で、メンバーの通称をそのまま書いてしまっている。三十五人の内、漢字のみが三人、前記の者と同じ苗字ゆえ「同~」と記された者が八人で、この十一人を除く二十四人の内、漢字平仮名交じりが二十人、平仮名のみが四人である。平仮名のみの者は苗字がそもそも記されていない。そして漢字平仮名交じりの内訳は、「あつまの新大夫」・「やしはらの十郎」のように苗字と仮名の間に「の」の字が入る者が十五人、「の」の入らない者が五人である。漢字平仮名交じりで書いた時に苗字に「の」を付ける割合は七十五パーセントとなる。音声で呼んだ場合は、苗字に「の」が付くのが通例と考えてよいはずである。前述の鎌倉末期の事例をも併せれば、昔の人は氏にも苗字にも「の」を付けていたことがわかるのである。

 

通称で書かれた名前

ところで、時政名義で作成されたこの交名は、非常識なものであったはずである。メンバーの名前を自分たちが普段呼んでいる通称でそのまま書いてしまっている。たとえば、常陸房昌明(ひたちぼうしょうみょう)が「ひたちはう」、中原中八惟平(なかはらのちゅうはちこれひら)が「ちうはち」、中原小中太光家(なかはのらこちゅうたみついえ)が「ちうた」である。いずれも、名の知られた御家人だが、これでは誰が誰やら、と言うより何が何やらわからない。読み書きの能力が低いのは武士一般に通じることで、時政に限ったことではないが、名前の書き方はヒドイ。見せられた貴族たちは絶句したに違い無い。
時政は守護・地頭設置を朝廷に認めさせたことでわかるように交渉能力に長け、九条兼実からも褒められた有能な人物であった。問題は、こんな文書を平気で朝廷に提出できてしまう軽率さである。
北条時政は有能だが思慮の浅い人だったと思うのである。


[書き手]細川重男(ほそかわ・しげお)
 1962年東京都生まれ。立正大学大学院文学研究科史学専攻博士後期課程満期退学。博士(文学)。現在、中世内乱研究会総裁。著書に、『鎌倉政権得宗専制論』(吉川弘文館)、『鎌倉幕府の滅亡』(吉川弘文館)、『執権 北条氏と鎌倉幕府』(講談社学術文庫)、『頼朝の武士団 鎌倉殿・御家人たちと本拠地「鎌倉」』(朝日新書)など。
論考 日本中世史: 武士たちの行動・武士たちの思想 / 細川 重男
論考 日本中世史: 武士たちの行動・武士たちの思想
  • 著者:細川 重男
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:新書(278ページ)
  • 発売日:2022-03-08
  • ISBN-10:490965870X
  • ISBN-13:978-4909658708
内容紹介:
今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように――。そして歴史の楽しみ方は、なにも研究することばか… もっと読む
今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように――。
そして歴史の楽しみ方は、なにも研究することばかりではない。小説・エッセーを書く、マンガやイラストを描く、ゲームをやる、あるいは作る。そして我が家で子供たちに昔の人の物語を語り聞かせる。それぞれの人が自分のやり方で歴史を楽しんでほしい――。
中世史研究者、歴史愛好家、すべての歴史好きに贈る、前代未聞で形容しがたい、しかし抜群に面白い歴史読本。
本書で歴史がもっと好きになることは請け合いです!

【「歴史は少し高尚な娯楽」と言うたのは亀田俊和氏であるが、これを聞いた時、我が意を得たと思った。実際、『吾妻鏡』や古文書を含め、「ナンじゃ、こりゃ? 『少年ジャンプ』より、おもしれェー!」と笑ってしまうモノは、ケッコーある。そして、ゲラ! ゲラ! 笑うのだけが、「おもしろい」のではないのである。涙がこぼれるほどに感動するコトも「おもしろい」なのである。今、歴史研究者とか名乗っているヤツらも、子供のころ、いろんな歴史の「おもしろさ」に触れて、その道に入ったはずなのだ。オレのように。それなのに、大学教員・大学院生の中には、「歴史研究をしている」だけで自分を「偉い」と思い込み、一般の歴史愛好者を見下しているヤツらがいる。露骨に態度に示すヤツもいれば、外面はフレンドリーな態度をとりながら腹の中真っ黒というヤツもいる。いずれにしろ、こーゆーヤツらの研究に限って、たいしたことない。バッ! カ! じゃなかろうか!…あとがきより】

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ALL REVIEWS 2022年2月21日

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