「細雪」とも似た展開
渡辺淳一は彼が生まれ育った北海道とは対照的に、古い文化の伝統と日本的な情緒をもつ京都にたいして、かねてから憧れを抱き、これまで多くの作家が描いてきたその街やそこに生きる人々を彼なりの視点でとらえてみたいと思ったという。「野わけ」や「まひる野」など、京都を舞台とした作品が書かれたのはその結果だが、「化粧」では京都の一流料亭に生まれた三姉妹のそれぞれの生き方をたどりながら、京の風物や行事、色街の女性の姿などをそこに織りこんでいる。高台寺に近い老舗(しにせ)の料亭「蔦乃家」の大女将つねと三人の娘たちが、長女の鈴子の七回忌を営んだあと、原谷へ花見にゆく場面から話ははじまる。東京の銀座のクラブでママとして自立している頼子は二十八歳。婿の菊雄と結婚して家を継いだ里子は二十六歳。東京の大学へ行っている槙子は二十一歳である。
妹たちと父親の違う頼子と鈴子は双生児で、ともに十六歳で舞妓となったが、鈴子が二十二歳のときに自殺した後、頼子は家を出た。彼女たち二人を犯し、鈴子の死の原因ともなった貿易商の熊倉に復讐したいと思ったからだ。頼子の熊倉への憎しみは消えず、彼女は冷たい美貌で多くの客たちの注目をあつめながら、男に心を許すことなく、やがて熊倉が仕事の取引を希望しているデパートの常務に近づいて、契約を破棄させてしまう。
熊倉は仕事にゆきづまって死を選び、頼子は復讐を果たしたものの、後味の悪さを拭いきれない。しかも彼女がはじめて愛をおぼえた若いインテリアデザイナーの日下が熊倉の子だったと知り、うちのめされるのだ。
またやさしいだけで無気力な夫にうとましさを感じる里子は、料亭の客として知りあった国際電業の専務・椎名に心ひかれ、何度かの出会いの後に、嵐山で椎名と結ばれる。里子は彼の子をやどしたが、周囲の非難に耐えてその子を産み、彼女の愛をつらぬこうとした。
さらに若さのままに奔放な生活を送る槙子は、ロックバンドのドラマーに熱をあげ、マリファナを吸って検挙されたりしたが、大学卒業とともに堅実な結婚にふみきる。
こうした三姉妹の二年間の軌跡が、京都や東京を舞台に語られてゆくが、その中に四季おりおりの名勝の光景や、京料理のさまざま、花街の風習などが描きこまれて、古都の味わいが色濃くにじんでいる。それにくらべて三姉妹の愛や苦悩、心の揺れなどは、土地の伝統とは直接かかわりのない女性共通の世界を物語るが、作者はその両方を描くことで、古いものと新しいものを同時にとらえようとしたのかもしれない。
谷崎潤一郎の「細雪(ささめゆき)」などとも似た絵巻ふうな展開の中に、女性の心理や生態をきめこまかくとらえる作者独自の筆致が生きており、はなやかな長篇にまとまっている。