後書き

『宇宙開発をみんなで議論しよう』(名古屋大学出版会)

  • 2022/07/13
宇宙開発をみんなで議論しよう /
宇宙開発をみんなで議論しよう
  • 編集:呉羽 真,伊勢田 哲治
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2022-06-30
  • ISBN-10:4815810915
  • ISBN-13:978-4815810917
内容紹介:
宇宙なんて自分には関係ない、と思っていませんか?
商業化、軍事化、新興国の台頭……近年、宇宙開発は大きく転換しつつある。市民がそこに関わる必要性をわかりやすく説き、そのための基礎知識や科学技術コミュニケーションの手法、議論のスキルを提供する初めての本。
宇宙なんて自分には関係ない、そう思っていませんか?

民間宇宙旅行や火星移住など、SF作品に描かれるような「夢」の話だけではありません。通信インフラに不可欠な人工衛星・GPS技術をはじめ、ビジネス、軍事、国際関係まで……宇宙開発・宇宙活動は、私たちにとって身近、というより、もはや無視できない領域にまで広がってきています。

ところが、こうした問題について、市民を巻き込んだ議論はほとんど行われていません。専門家や偉い先生に任せてしまうだけではなく、自分たちで考え、意見を形成していくためにはどうすればよいのでしょうか。このたび刊行された『宇宙開発をみんなで議論しよう』(呉羽真/伊勢田哲治編)では、近年日本でも行われているサイエンスカフェをさらに発展させた「対論型サイエンスカフェ」という手法を提案しています。以下、編者あとがきを一部再構成して公開します。

この夏、考えてみませんか? 宇宙活動の現在と未来

宇宙開発に興味があって、ひととそれについて語り合いたい、でも何についてどう語り合ったらいいかよくわからない。そんなあなたのために作られたのが本書です。これ一冊あれば宇宙開発についての「対論型サイエンスカフェ」を自分でも始められる、そういうハンドブックにもなることを目指した欲張りな本になっています。宇宙開発の歴史や現状についての知識だけであればもっと詳しい本もありますが、対論型サイエンスカフェのやり方や実際のサイエンスカフェでの議論の様子まで紹介することで、まず類書のないユニークで実践的な本になったのではないかと思います。

このユニークな本は、私たちが「宇宙科学技術社会論(SSTS:Space Science and Technology Studies)」と呼んでいる研究プロジェクトの成果として実現したものです。SSTSプロジェクトでは、宇宙開発のあり方については専門家だけでなく市民が議論していくべきだ、というスタンスを明確に打ち出し、そのための知識と方法を論じました。科学コミュニケーションの専門家をメンバーに加え、研究グループを組織し直すことで、この本の目玉の1つとなっている対論型サイエンスカフェを始め、新しい取り組みを実施することができました。

対論型サイエンスカフェ

サイエンスカフェ――大学や書店、カフェ、レストランといった比較的小規模な場所で、コーヒーを飲みながら科学をテーマに語り合う――は、市民と専門家が対話するイベントとして、日本でもひろく開催されています。ただ、「偉い先生の話を拝聴する」講演会のような内容になったり、特にテーマが宇宙開発の場合は参加者の多くが宇宙ファンだったりして、専門家の言うことについて違う観点から考えてみる、といった動機が働きにくいのではないかと思います。

そこで考えたのが「対論型」のカフェです。「直接に向かい合って互いに話をする」という対論の言葉のとおり、二人の専門家が同じ問題について異なる立場から話題を提供し、それをうけて会場の参加者が意見を交わします。専門家が一人しかいなければ、その意見が絶対視されてしまうかもしれませんが、複数の専門家が話をすれば、多様な意見や立場があることが分かりやすくなるでしょう。考えるための軸を最初に提示することで、少しでも参加者が考えやすく、参加者同士で議論しやすい状況をつくり出そうとしています。宇宙開発という「みんなで議論する」ことに不慣れな話題について、議論する場が成立しているかどうか、ぜひ読んで判断してみてください。

宇宙開発をめぐる情勢の展開の速さ

校正作業中の2022年2月頃には、ロシアのウクライナ侵攻に伴い、宇宙開発に関連するニュースが次々に舞い込んできました。たとえば、BUSINESS INSIDER JAPAN(3月7日、文・秋山文野氏)では、ロシアの国営宇宙公社ロスコスモスの総裁であるドミトリー・ロゴジン氏が、ロシアに対する各国の経済的制裁を受けて、各国がロシアとの協力関係を断つなら、国際宇宙ステーション(ISS)が軌道を離れたときに地上への落下の危機を誰が救うのか、という趣旨の発言をしたこと、それに対してスペースX社のイーロン・マスク氏がその危機を救う者として名乗り出たことが報じられました。また同社は、ウクライナ副首相の呼びかけを受け、ロシア軍に通信インフラを破壊されたウクライナの地域で小型人工衛星群から成る衛星インターネット「スターリンク」のサービス提供を開始したことも、ニューズウィーク日本版(3月1日、文・青葉やまと氏)で報じられています。これらのニュースは、いま宇宙開発をめぐって生じている変化を象徴していると考えられます。

宇宙開発はその当初から軍事・安全保障と深く結びつく仕方で進められてきましたが、その一方で「宇宙の平和利用」という理念を掲げてもきました。特にISS計画は、ソ連崩壊後にロシアが参加したという経緯から、「国際協調と平和の象徴」とも言われてきました。宇宙の軍事化に伴って、この理念が空洞化していることはほとんど明らかになってきていたとはいえ、今回関係者によってISSを人質にとるような発言(秋山氏も指摘するように、実際はISSが落下する危険は少なく、ロゴジン氏の発言はプロパガンダと受け取るべきものですが)が行われたことは、ISS計画の建て前が公然と否定されたことを意味しており、ショッキングな出来事だと言えます。また、ウクライナおよび国際秩序の危機に応じたマスク氏の言動は、民間の起業家こそが今後の宇宙開発を牽引するキーアクターであって、その影響力はもはや一国の命運をも左右しうるほどに達している、ということを如実に示すものであり、その動向から目が離せません。

このようにいま激動のさなかにある宇宙開発について、多くの、そして多様な人々が考え、議論していくことが求められており、本書の出版は絶好のタイミングだったと言えるでしょう。また、そうした議論の土台を築くに当たって、情勢の変化をリアルタイムで追跡し、また様々な専門分野の視点から議論できるグループの存在がいかに貴重であるかも、改めて深く認識しました。

コロナ禍以後の科学技術コミュニケーション

もう1点、エピソードとして触れたいのは、この本の執筆・編集作業が新型コロナウイルス感染症の大流行、いわゆる「コロナ禍」の只中で進められたことです。ソーシャルディスタンシング戦略のために対面の集会を行うことができなくなり、プロジェクトの進捗にも影響が出ました。特に対論型サイエンスカフェをオンライン開催に切り替えることには、苦労がありました。とはいえ、オンライン化にはメリットもありました。最も顕著なメリットは、普段大都市圏で開催されることが多い科学技術コミュニケーションのイベントに、地方在中の人が容易に参加できるようになったことです。私たちは非対面形態で生じるデメリットに目をやりがちですが、科学技術コミュニケーションが真に誰でも参加できるものとなることを目指すならば、オンライン開催がその基本形態になっていくのは(コロナ禍が続くかにかかわらず)むしろ正しい方向と言えるかもしれません。

[書き手]呉羽真(山口大学国際総合科学部)/伊勢田哲治(京都大学大学院文学研究科)
宇宙開発をみんなで議論しよう /
宇宙開発をみんなで議論しよう
  • 編集:呉羽 真,伊勢田 哲治
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(256ページ)
  • 発売日:2022-06-30
  • ISBN-10:4815810915
  • ISBN-13:978-4815810917
内容紹介:
宇宙なんて自分には関係ない、と思っていませんか?
商業化、軍事化、新興国の台頭……近年、宇宙開発は大きく転換しつつある。市民がそこに関わる必要性をわかりやすく説き、そのための基礎知識や科学技術コミュニケーションの手法、議論のスキルを提供する初めての本。

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