自著解説

『俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント』(文学通信)

  • 2022/08/31
俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント / 井上 泰至,堀切 克洋
俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント
  • 著者:井上 泰至,堀切 克洋
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-08-10
  • ISBN-10:4909658793
  • ISBN-13:978-4909658791
内容紹介:
最少の言葉で詩を追求する俳句。様式から美を生み出す俳句。そこには文語というヒミツがある。『風と共に去りぬ』が『風と共に去った』では間が抜けたようになるのはなぜなのか。本書は、い… もっと読む
最少の言葉で詩を追求する俳句。様式から美を生み出す俳句。
そこには文語というヒミツがある。
『風と共に去りぬ』が『風と共に去った』では間が抜けたようになるのはなぜなのか。
本書は、いまなお文語を使い続け、俳句を詠む/読むために文語文法が必要とされている理由をくわしく説明し、詩の言葉、文語のヒミツをマスターする、とっておきの文法講座、全14章。
読むうちに文法への心構えと注意点が身に付きます。
単に公式を当てはめるだけではない、文法理解のために、必携の一冊!

【俳句はルールによって、多くの作者や読者を呼び込み、日本語の長い伝統を踏まえ生かしていく詩ですから、古語の知識やルールをある程度わきまえておく必要があります。特に古典文法は、現代語に引きずられて捉えられがちなので、我知らず文法の間違った俳句を詠んで、様にならないことがあります。本書では、必要な古語や文法の知識に絞って、それがなぜ問題になるのか、その背景を解きほぐしながら、読むうちに文法への心構えと注意点が身に付くように編集しました。】……はじめにより
俳句を深く理解し、詠む・読むためにはどうすればいいのか。「ルール」にがんじがらめにされずに、俳句をもっと楽しむにはどうすればいいのか。俳句にとって重要な文法についてくわしく解説し、詩の言葉、文語のヒミツをマスターするための書『俳句がよくわかる文法講座 詠む・読むためのヒント』(文学通信)の著者の一人である堀切克洋氏が、本書のエッセンスを紹介します。

◎文法で俳句が「よくわかる」?

「どんなコトバであれ、自然に根をもつかぎり、その文法は美しい。小難しくて口うるさいものではありません」という冒頭の一文を読んで、そうそうと大きく頷いた。佐藤良明さんの『英文法を哲学する』(2022年1月、アルク)である。

とある月刊の俳句総合誌では、いつのころからか、一年に一回ほどのペースで「文語文法特集」が組まれるようになった。それは、俳句という文芸が、「文語」なしには成立しないと考えられており、実際に多くの人が「文語」を使って俳句をつくりつづけているのに、「文法は苦手」と思っている人が少なくないからだ。

しかし、そこでは俳句の「文語」とは何なのか、突っ込んで問われることはない。多くの場合、古典文法のなかから俳句で頻繁に用いられる活用語の規則が、かいつまんで整理されているにすぎないのが実情だ。そこで紹介されるのは、ことごとく「ルール」なので、そこからはみ出す「違反」は咎められることになる。

結果として、「みなさん、誤用には注意しましょう」と文法警察が出現し、文法を怖れる人がさらに増殖する。最初は楽しくて俳句を始めたのに、「文法」のせいで俳句をいくぶん楽しめなくなっているとすれば、馬鹿馬鹿しいこと限りない。

それに対して本書の考えは、「文法は楽しい」し、文法を知れば俳句は「もっと楽しくなる」というものだ。

よくある「誤用」があったとして、「これが正しいルールだからです」と結論ありきで説明するのではなく、「なぜ頻繁に間違ってしまうのか?」「本当に間違いと言えるのか?」といちど立ち止まって考えてみましょう、というのが本書のスタンスだ。

◎芭蕉や虚子は本当に「間違った」のか?

たとえば、芭蕉の〈荒海や佐渡によこたふ天の河〉には、古典文法を基準にすると、「よこたふる」と連体形で活用すべき、という考え方がある。たしかに、このような用例は過去になかったが、芭蕉の意図するところは、400年後のわたしたちまで、はっきりと伝わっているではないか。なぜなのか? 本当に「誤用」なのか?

高濱虚子の〈歌留多とる皆美しく負けまじく〉は、助動詞「まじ」が終止形に接続するのだから、本来なら「負くまじく」とすべき、という考え方がある。だが、わたしたちの言語感覚からすれば、「誤用」とされるほど違和感はない。それは現代語では「負けまいとして…」のように活用するからにほかならない。本当に「誤用」だと言えるのか?

こうした文語と現代語の違いをめぐる活用の是非に加え、本書では「なり」と「たり」と「けり」ではどのようなニュアンスの違いが生じるのか、そもそも「過去」と「完了」とは何が違うのか、俳句では漢字・カタカナ・ひらがなをどのように使い分ければよいのか、ルビや改行は必要なのかどうか、ひとつならざる漢字の字体をどう考えればよいのかといった、長年俳句を続けていても(あまり)誰も教えてくれない問いを、改めて考えてみることを提案している。

「文法」という型を通じて、俳句という詩形における言葉のチョイスを磨きうる――というのが、本書を貫くテーゼである。発想や感情ではなく、言葉のしくみや歴史から入る俳句入門書。そんな本があってもいいだろう。「入門書」と書いたが、もちろん中・上級者にもぜひ読んでいただきたい内容である。

◎「文法は苦手」から「文法は楽しい」へ

タイトルの「よくわかる」は「わかりやすい」と同じ意味ではない。「わかりやすい」ということは、簡単に理解できるということだから、考えがなかなか深まっていかずに、横滑りしているだけだったりする。

だが、よく考えてみてほしい。何百年も変化つづけてきた俳句のコトバを「わかりやすいルール」などに還元できるはずがないではないか。

「文法が苦手」と思っている人が多いのも、仕方がない。それは「文法」とされているものが、あまりに「わかりやすい」せいだ。動詞や助動詞の決められた活用があり、それ以外は「誤用」だなんて、それほど単純なことはない。しかし残念ながら、言葉はもっとずっと複雑なものだ。

実際に、俳句は(一見、とても単純に見えるけれど)単純ではないから、楽しい。耳から聞いたときの音声言語としての側面もあるし、書にしたためたときの書記言語としての側面もある。活用表を並べれば十分なほど、単純ではない。だから本書に、原則として活用表は登場しない。

それに先ほども書いたように、本書は「文法講座」と銘打ちながら、表記の問題や時間表現についても多くのページを割いている。たとえば、漢字の字体のこと、かなづかいのこと、記号や改行のこと、ルビのこと、アスペクトのこと……。さらには、文法書ではあまり触れられることのない「口語」(の文法)についても考えをめぐらせている。

◎文法は愛すべき「自然」である

わたしが冒頭の『英文法を哲学する』を手にとったのは、拙著の出版後のことだったのだが、この本も新時代の「文法」を切り拓くためには、避けて通れない一冊となりそうだ。何よりも佐藤本を読むと、『俳句がよくわかる文法講座』が向かっている方向の「正しさ」を確信できるとともに、日本語のヒミツを探る旅にはまだ先があるという感慨にふけることになる。

ひょっとすると、わたしたちはいま、文法の新世紀にいるのかもしれない。それは歴史が証明してくれることだろう。差し当たって、冒頭の一文をもういちど、噛み締めておきたい。「どんなコトバであれ、自然に根をもつかぎり、その文法は美しい。小難しくて口うるさいものではありません」。そう、文法は、風や水や動植物と同じように、「自然」の一種なのだ。愛すべき自然なのである。

[書き手]
堀切克洋(ほりきり・かつひろ)
1983年生まれ。武蔵野大学特任教授。「銀漢」同人。第一句集『尺蠖の道』(文學の森、2018年)により第42回俳人協会賞新人賞。翻訳にマイリス・ベスリー『ベケット氏の最期の時間』(早川書房、2021年)、パスカル・キニャール『ダンスの起源』(水声社、2021年、共訳)、共著に『小劇場演劇とは何か』(ひつじ書房、2022年)などがある。
俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント / 井上 泰至,堀切 克洋
俳句がよくわかる文法講座: 詠む・読むためのヒント
  • 著者:井上 泰至,堀切 克洋
  • 出版社:文学通信
  • 装丁:単行本(320ページ)
  • 発売日:2022-08-10
  • ISBN-10:4909658793
  • ISBN-13:978-4909658791
内容紹介:
最少の言葉で詩を追求する俳句。様式から美を生み出す俳句。そこには文語というヒミツがある。『風と共に去りぬ』が『風と共に去った』では間が抜けたようになるのはなぜなのか。本書は、い… もっと読む
最少の言葉で詩を追求する俳句。様式から美を生み出す俳句。
そこには文語というヒミツがある。
『風と共に去りぬ』が『風と共に去った』では間が抜けたようになるのはなぜなのか。
本書は、いまなお文語を使い続け、俳句を詠む/読むために文語文法が必要とされている理由をくわしく説明し、詩の言葉、文語のヒミツをマスターする、とっておきの文法講座、全14章。
読むうちに文法への心構えと注意点が身に付きます。
単に公式を当てはめるだけではない、文法理解のために、必携の一冊!

【俳句はルールによって、多くの作者や読者を呼び込み、日本語の長い伝統を踏まえ生かしていく詩ですから、古語の知識やルールをある程度わきまえておく必要があります。特に古典文法は、現代語に引きずられて捉えられがちなので、我知らず文法の間違った俳句を詠んで、様にならないことがあります。本書では、必要な古語や文法の知識に絞って、それがなぜ問題になるのか、その背景を解きほぐしながら、読むうちに文法への心構えと注意点が身に付くように編集しました。】……はじめにより

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ALL REVIEWS 2022年8月31日

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