書評

『謹訳 源氏物語』(祥伝社)

  • 2017/07/26
謹訳 源氏物語 一 / 林望
謹訳 源氏物語 一
  • 著者:林望
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(341ページ)
  • 発売日:2010-03-16
  • ISBN-10:439661358X
  • ISBN-13:978-4396613587
内容紹介:
■古典学者であり、作家である林望氏の畢生の大作、ついに刊行開始!原作の『源氏物語』を正確に味わいながら、現代小説を読むようにすらすら読める。「名訳」を超えた完全現代語訳が、ここに… もっと読む
■古典学者であり、作家である林望氏の畢生の大作、ついに刊行開始!

原作の『源氏物語』を正確に味わいながら、現代小説を読むようにすらすら読める。
「名訳」を超えた完全現代語訳が、ここに誕生。

■装訂は林望氏
装訂には、「コデックス装」という装本スタイルを採用。どのページもきれいに開いてとても読みやすく、平安から中世にかけて日本の貴族の写本に用いられた「綴葉装」という奥ゆかしい装訂を彷彿とさせる造り。

■各界絶賛!

「新しい読み方の出現」――黒井千次氏 「いやはや、とびきり面白い!」――檀ふみ氏

■全54帖の完全現代語訳、全十巻刊行予定
本シリーズは、すべて書き下ろし。
一巻は、桐壺 帚木 空蝉 夕顔 若紫を収録。

情と理の文体から匂いたつ豊饒の「謹訳」完結

数学や統計学には既知データを基にして未知の数値を割り出す方法として内挿(インターポレーション)と外挿(エクストラポレーション)という二つの方法がある。内挿がデータ間の未知数を探るのに対し、外挿はデータの外側に予想される数値を求める。

外国語の翻訳ないしは古典の現代語訳は原則的には内挿に属する。原テクストという既知のデータの相互間の未知をなくしていくのが常道だからである。ところが、ときとして翻訳にも外挿を用いなければならない場合が出てくる。つまり、テクストに書かれていない、言外の意味をくみ取らなければ、解釈も翻訳も一歩も先に進めなくなるような瞬間が訪れるのだ。こうした瞬間が非常に多いのが『源氏物語』の翻訳だ。なぜなら、一番肝心なところ、たとえば光源氏のセックスに関する部分は「書かれていない」からだ。ゆえに翻訳者は内挿を捨てて外挿を取ることを余儀なくされる。では、翻訳者はその外挿において、どのような態度を採用すべきなのだろうか?

想像力を駆使する? それもありかもしれない。円地文子訳『源氏物語』などはこの典型で、それはそれなりに興味深いものがあったが、しかし、もっと別のやり方はないのか?

林望は国文学者であるゆえ、想像力による外挿は採らない。あくまで合理性にこだわるのである。与えられたデータ(『源氏物語』の語彙(ごい)、語法、敬語法、風俗習慣、文体、句読法など)をすべて頭に入れた上で合理的な演算を行い、それによって範囲外の未知のデータ(言外の意味)を割り出してゆくのである。これを「合理的外挿」と呼ぼう。小説家訳には決定的に欠けていたものだ。

ところで、こうした「合理的外挿」にこだわった現代語訳は林望訳が初めてではない。『源氏』研究者による全訳というのもいくつか存在しているからだ。だが、林望訳はこれらのいわゆる「学者訳」を超えた段階に達している。それは、合理的外挿が、『源氏物語』の作者になりきって思考するレベルまで到達しているということだ。林望訳で読むことで、初めて光源氏のセックスの実態があきらかになるところさえある。

しかし、林望訳の新しさはそれだけではない。「古典的テクストの合理性」を坩堝(るつぼ)で溶かすことで生じたリキッドを「現代的テクストの合理性」という鋳型に流し込むという画期的な作業を行っている点である。

『源氏物語』のような古典的テクストにおいては、敬語法や主語の省略、幾重にも錯綜(さくそう)した複文などはその時代の合理性に基づいていた。しかし、それをそのまま現代的テクストに移植しようとすると逆に不合理になる(例・谷崎潤一郎訳)。よって、古典的テクストにおける合理性とは別の、しかしあくまでそれと等価になるような現代的テクストの合理性が求められなければならない。かくて、林望訳では、問わず語り的な語りに替えてニュートラルなナレーションが採用され、敬語も必要最小限に留(とど)められ、また欠けていた主語も復活させるという大胆な試みがなされる。にもかかわらず、そうしたニュートラルな文体からは『源氏物語』の原文にあった匂いたつような豊饒(ほうじょう)さが現れてくる。合理的で、かつ端正で品のある文体。「謹訳」とは言いえて妙である。

小説家訳にも学者訳にも不満を持っていた源氏ファン待望の情理兼ね備えた名訳。完結により、忍耐力のない現代の読者にも『源氏物語』の完読が可能になったようである。

【新版】
謹訳 源氏物語 一 改訂新修  / 林望
謹訳 源氏物語 一 改訂新修
  • 著者:林望
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:文庫(410ページ)
  • 発売日:2017-09-13
  • ISBN-10:4396317166
  • ISBN-13:978-4396317164
内容紹介:
帝の子として生まれた光源氏。美貌と才能を兼ね備えるが、その心には深い闇―父の後妻である藤壺の宮への許されぬ恋慕―を抱えていた。日本文学史上屈指の名作「源氏物語」。古典文学者として知識と作家としての筆力で描き切った、現代語訳の決定版がついに文庫化。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

謹訳 源氏物語 一 / 林望
謹訳 源氏物語 一
  • 著者:林望
  • 出版社:祥伝社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(341ページ)
  • 発売日:2010-03-16
  • ISBN-10:439661358X
  • ISBN-13:978-4396613587
内容紹介:
■古典学者であり、作家である林望氏の畢生の大作、ついに刊行開始!原作の『源氏物語』を正確に味わいながら、現代小説を読むようにすらすら読める。「名訳」を超えた完全現代語訳が、ここに… もっと読む
■古典学者であり、作家である林望氏の畢生の大作、ついに刊行開始!

原作の『源氏物語』を正確に味わいながら、現代小説を読むようにすらすら読める。
「名訳」を超えた完全現代語訳が、ここに誕生。

■装訂は林望氏
装訂には、「コデックス装」という装本スタイルを採用。どのページもきれいに開いてとても読みやすく、平安から中世にかけて日本の貴族の写本に用いられた「綴葉装」という奥ゆかしい装訂を彷彿とさせる造り。

■各界絶賛!

「新しい読み方の出現」――黒井千次氏 「いやはや、とびきり面白い!」――檀ふみ氏

■全54帖の完全現代語訳、全十巻刊行予定
本シリーズは、すべて書き下ろし。
一巻は、桐壺 帚木 空蝉 夕顔 若紫を収録。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2013年9月1日

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