後書き

『「老いない」動物がヒトの未来を変える』(原書房)

  • 2023/02/13
「老いない」動物がヒトの未来を変える / スティーヴン・N・オースタッド
「老いない」動物がヒトの未来を変える
  • 著者:スティーヴン・N・オースタッド
  • 翻訳:黒木 章人
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(381ページ)
  • 発売日:2022-12-13
  • ISBN-10:4562072377
  • ISBN-13:978-4562072378
内容紹介:
400歳のサメ、100歳を超え生殖を続けるトカゲ、70歳で数千キロを飛ぶ海鳥――。老化研究の第一人者が注目する長寿のしくみ。
がんや認知症に苦しむことなく、歳を取っても活動能力が落ちない体を持ち、数百年以上を生きる――そんな奇跡のような超長寿動物たちが自然界には存在している。400歳のサメ、100歳を超えても生殖を続けるトカゲ、70歳でも数千キロを飛ぶ海鳥。だったら人間もそんな動物を研究したほうが、寿命の短い研究室のマウスを研究するよりよっぽど意味があるのではないか?

数百年、数千年という寿命を測定するという超難題と格闘しながらも、長寿動物たちが誇る驚異の生態や最新の老化研究を知ることのできる『「老いない」動物がヒトの未来を変える』の「訳者あとがき」を抜粋して公開する。

あらゆる動物にあてはまる「長寿の鉄則」

動物の寿命については、オースタッドも述べているとおり、大きな動物のほうが小さな動物より長生きしそうなことは何となく想像がつく。30年ほど前にベストセラーになった『ゾウの時間 ネズミの時間:サイズの生物学』(中公新書)でも、著者で生物学者の本川達雄は動物の生きる時間は体重の四分の一乗に比例し、つまり寿命も四分の一乗に比例するとしている。

これは本書にある長寿の鉄則〝体重の重い種は寿命が長い〟と符合する。が、この鉄則に反する、小さいながらも長生きする動物もたくさんいる。オースタッドは自らが考案した〈長寿指数〉を使って同じサイズの動物同士の寿命を比較し、意外に長生きする種の長寿の秘密を探った。読み進めるうちに次々と明かされていく事実に、わたしは何度も驚かされた。巨獣のゾウはわたしたちヒトと比べたらそんなに長生きしないこと、二枚貝は何世紀も生きること、北極の海底にはとんでもなくノロマなくせにとんでもない長寿のサメがいることなど、初めて聞く話のオンパレードだ。恥ずかしながら告白するが、鳥類とコウモリが全般的に長生きするということを、わたしは本書を読んで初めて知った。日本で長寿の動物といえば鶴と亀だが、亀はなんとなくわかるけど鶴が長生き? という疑問がこれで解消した。

そうした長寿動物の抗老化と抗がんの秘密を解き明かせば、人間の健康寿命の延伸に役立つのではないかと、オースタッドは時に辛辣なユーモアを交えながら提唱する。しかしそれはゲノム解析と同様に、眼を向けるべき方向しか示さない。人類は進化から賜った叡智を結集し、メトシェラ(メトシェラについては本書の1章を参照のこと)の動物園から長生きと健康の秘訣を学ぶべきだと著者は主張する。

人間は何歳まで生きたいと願うものなのか

本書の翻訳を進めているなかで、わたしは〝スポーツ別平均寿命ランキング〟なるものを見つけた。それによれば、最も長生きなのは陸上の中長距離走の選手で80.25歳、最も早死になのは大相撲の力士で56.69歳だという。同じ陸上競技でも短距離走は70.12歳と、かなりの差がある(大澤清二『スポーツと寿命』1998年、朝倉書店刊より)。もちろんこれは競技の性質だけでなく各アスリートの引退後のライフスタイルが大きく影響していて、さらには大相撲のように競技そのものやトレーニングとは直接関係のない要因が働いているケースもあるので一概には言えないが、本書を読むと何となく腑に落ちる結果だ。やはりヒトでも長寿の秘訣は〝ゆっくり〟なのだろう。そして〝ゆっくりと長く、太く〟生きることが理想だということだ。ところが、最新の調査では〝最も長生きするスポーツ〟はテニスだということが判明した。ジョギングよりも長生きするという。もっともこれは過酷なプレーを要求されるプロではなくスポーツを愉しむ一般の人々を対象にしたものなので、つまりは適度な運動も長生きには欠かせないということなのだろう。

同じく翻訳作業中にふと気になったことがある。果たして人間は、何歳まで生きたいと願うものだろうか? 本文にもあるように、寝たきりになってもいいからずっと生きていたい人はかなり少ないと思われる。いわゆる〝ピンピンコロリ〟こそ誰しもが望む最後なのだろうが、それを何歳で迎えたいかについては大きく幅があるのではないだろうか。平々凡々と暮らし、できるかぎり穏やかに、愛する人たちに囲まれて天寿をまっとうしたいと願う人もいるだろう。年齢なんか関係ない、生涯をかけた夢を達成したらいつ死んでもかまわないという向きもあるだろう。何歳で、どんなふうに死んでも、それは運命もしくは天の思し召しなのだから気にしないと達観している人もいるだろう。もちろん文化によっても考え方はちがってくる。つまり何歳まで、どのようにして生きたいかは、それぞれの人生観と死生観にほかならないということなのだ。ちなみにわたしは、何歳かも健康状態も関係なく〝妻が亡くなったらなるべく早いうちに〟にしている。妻もその逆を狙っているので、ギリギリまでつば競り合いが続きそうだ。

猛獣の調教師から老化研究の第一人者へ

著者について軽く触れておく。スティーヴン・N・オースタッドはカリフォルニア大学ロスアンゼルス校で英文学の学士号を取得後、タクシーの運転手や新聞記者など職を転々とし、ハリウッドで映画用のライオンなどの大型動物の調教に携わったことで生物学に目覚め、カリフォルニア州立大学ノースリッジ校で生物学の学士号、パデュー大学で博士号を取得。その後はハーヴァード大学の進化生物学科の助教、テキサス大学健康科学センターの教授、サム&アン・バーショップ長寿研究所の暫定所長などを経て、現在はアラバマ大学バーミンガム校で、寄付基金教授として健康長寿を目指した老化研究に取り組んでいる。著書には『老化はなぜ起こるか─コウモリは老化が遅く、クジラはガンになりにくい』(吉田利子訳、1999年、草思社刊)と、妻で獣医師のヴェロニカ・キクルヴィッチとの共著『犬をかう人、ブタをかう人、イグアナをかう人』などがある。

[書き手]黒木章人(訳者)
「老いない」動物がヒトの未来を変える / スティーヴン・N・オースタッド
「老いない」動物がヒトの未来を変える
  • 著者:スティーヴン・N・オースタッド
  • 翻訳:黒木 章人
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(381ページ)
  • 発売日:2022-12-13
  • ISBN-10:4562072377
  • ISBN-13:978-4562072378
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400歳のサメ、100歳を超え生殖を続けるトカゲ、70歳で数千キロを飛ぶ海鳥――。老化研究の第一人者が注目する長寿のしくみ。

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