書評

『生きつづける民家: 保存と再生の建築史』(吉川弘文館)

  • 2023/07/20
生きつづける民家: 保存と再生の建築史 / 中村 琢巳
生きつづける民家: 保存と再生の建築史
  • 著者:中村 琢巳
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2022-04-20
  • ISBN-10:4642059482
  • ISBN-13:978-4642059480
内容紹介:
メンテナンスを繰り返し、部材がリサイクルされる民家の特性を解明。自然素材、伝統技術などからも、秘められた価値を見つめなおす。

住まい維持の仕組みは文化

高山社跡 母屋(群馬県藤岡市、明治24年建築)

「嫁入りと共に、蔵などの付属屋が婚姻先の敷地へ移送され」る。嫁入り道具として土蔵を持っていくお話で、今では想像すらし難いが、移築のよくある例だという。

書名の『生きつづける民家』とは、建物を「長持ちさせる仕組み」として、「循環した古家と古材」が流通し、「森や木を備える」社会があり、日常的な「職人衆の出入り」と、災害に対し「地域ぐるみで民家を守る」伝統の下で民家は維持されてきた、という意味である。章のタイトルを並べれば、この本の趣旨が汲(く)み取れる。

日本の住宅は昔も今も木造が主体である。石やレンガと比較して木は柔らかく加工し易(やす)いが、耐久性の点で劣る。ゆえにメンテナンスが欠かせない。ここまでは常識である。

著者は、日本人の住まいを維持する努力は、実は負担ばかりではなく、仕組みとして地域社会に組み込まれ、民家の有形・無形の文化的価値をなしていると強調する。その多様な側面を示したのが各章であり、章題は要旨である。

「従来の民家建築史研究からの視点の拡大」が必要だと、著者はいう。確かにそうだ。評者を含め、これまでは民家という建てられたモノしか見てこなかった。しかもそれはハコである。ハコモノという言葉があるが、民家研究は「空き家」の建築史で、生活が抜けているのではないか、これは評者の不断の思いである。

本書はそれを克服し、民家を人の営みとして生き生きと描き出している。嫁入りと共に移築される土蔵はそれを象徴している。民家が修繕を繰り返し、増改築され、しまいには解体されるが、その時も部材が再利用され移築もされる。

民家の全体像を人生になぞらえると、民家の生涯が人の暮らしや地域社会へ広がり、自然環境とも繋(つな)がってゆく。本書は、民家の循環資源としての本質を発見し読み解いた。

民家史研究は民家の「新築」を追いかけてきたが、本書は新築でさえその実態を再確認している。新築は稀(まれ)にしか起きなかった。それは焼失した時と分家である。新築はこの様な特殊な状況下のみで行われた、というのである。

既知と思われた概念をも問い直す本書は、概説書でありながら、評者のような研究者にとっても大いに刺激に満ちている。


[書き手] 大場 修(おおば おさむ・立命館大学教授)
生きつづける民家: 保存と再生の建築史 / 中村 琢巳
生きつづける民家: 保存と再生の建築史
  • 著者:中村 琢巳
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2022-04-20
  • ISBN-10:4642059482
  • ISBN-13:978-4642059480
内容紹介:
メンテナンスを繰り返し、部材がリサイクルされる民家の特性を解明。自然素材、伝統技術などからも、秘められた価値を見つめなおす。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2022年6月4日

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