後書き

『[ヴィジュアル版]ダンスの歴史:宮廷ダンスからブレイキンまで』(原書房)

  • 2023/07/25
[ヴィジュアル版]ダンスの歴史:宮廷ダンスからブレイキンまで / ロバート・ヒルトン
[ヴィジュアル版]ダンスの歴史:宮廷ダンスからブレイキンまで
  • 著者:ロバート・ヒルトン
  • 翻訳:高尾 菜つこ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4562072911
  • ISBN-13:978-4562072910
内容紹介:
宮廷、酒場、ダンスホール、ディスコ、クラブ、公園。世界のあらゆる場所で人々は踊ってきた。ワルツ、タンゴ、ルンバ、チャールストン、スウィング、ジャイブ。大衆の体を揺らし続けるダンスの歴史に豊富なカラー図版で迫る。
宮廷、酒場、ダンスホール、ディスコ、クラブ、公園。世界のあらゆる場所で人々は踊ってきた。ワルツ、タンゴ、ルンバ、チャールストン、スウィング、ジャイブ。大衆の体を揺らし続けるダンスの歴史に豊富なカラー図版で迫った書籍『[ヴィジュアル版]ダンスの歴史』より訳者あとがきを公開します。

一緒に踊りませんか?

著者のロバート・ヒルトンは、幼い頃に映画館で『チキ・チキ・バン・バン』を観ていたとき、「突然立ち上がり、客席の通路で踊り出した」という逸話の持ち主で、「自分は踊るために生まれてきたとしか思えない」という根っからのダンサーである。現在もプロの振付師やパフォーマーとして多方面で活躍する一方、ヒップ・ホップをはじめとするダンスの指導も行なっている。そんな彼によれば、「動きや振り付けとともに教えなければならないのがダンスの歴史であり、ダンスは社会の出来事と深く結びついている」という。

本書には、カドリールやワルツ、フォックストロット、タンゴ、ルンバ、サンバ、ジャズ、ロック、ヒップ・ホップ、ブレイキンといったあらゆる種類のダンスの歴史が、時代をリアルに切り取った図版の数々とともに紹介されている。タップ・ダンスの祖とされるマスター・ジュバをはじめ、バナナ・ダンスで有名なジョセフィン・ベイカー、ロック・ダンスを生み出したザ・ロッカーズ、映画『フラッシュダンス』で世界に衝撃を与えたブレイキン・グループのロック・ステディ・クルーなど、ダンスの歴史に輝かしい足跡を残したダンサーたちも登場する。

しかし、そうしたダンスの歴史において、けっして無視することのできない重要な要素が奴隷貿易、すなわち、奴隷として各地へ送られたアフリカ人の歴史である。今、私たちはSNSをはじめ、さまざまなメディアをとおして日常的にダンスを目にするが、その多くが奴隷貿易というきわめて卑劣な残虐行為を生き延びた人々――「離散したアフリカ人」――にルーツがあることをご存知だろうか。見知らぬ土地で奴隷として過酷な労働を強いられ、奴隷制が廃止されたのちも、激しい差別や偏見、それにともなう暴力や貧困に苦しんできた彼らの魂の叫びが、肉体に残った遠い「アフリカの記憶の断片」と結びつき、必然的に独創的なダンスが生まれた。それが時代や地域によってさまざまな形に変化し、ときにブームとなり、やがて文化となって今日に伝わっている。若者に人気のヒップ・ホップもその一つであり、2024年のパリ・オリンピックの正式種目となったブレイキンもそうだ。奴隷貿易の歴史を抜きにして、ダンスの歴史は語れないのである。

ただ、本書の目的はダンスの歴史を振り返ることだけではない。ダンスが生まれた過程を知ることで、それを受け継ぎ、新たに創造し、後世への道を開いてくれた有名無名の先人たちに敬意を表して、彼らの功績に報いることが何よりも大切なのである。みずからもパフォーマーとして舞台に立つ著者はこう語る――「学ぼうとするダンスの動きや歴史をどれだけ理解しているかは、おのずとダンサーの肉体に表れるものだ」。本書をつうじて、今日あるダンスの背景、そこにつらなる血と汗と涙の物語にいっとき思いを馳せてみてほしい。

「舞踊と音楽は、人間自身の発明した最初にしてもっとも初期的な快楽である」――ある年齢以上の読者なら、もしかしてこの言葉にぴんと来たかもしれない。そう、1996年公開の映画『Shall we ダンス?』の冒頭の引用で、「経済学の父」とされ、哲学者でもあったアダム・スミスの言葉である。社交ダンスの世界をコミカルに描いた30年近く前の映画だが、今観てもとても面白いと思う。こんな引用を持ち出したのは、私事で恐縮ながら、訳者の私が数年前から夫婦で社交ダンスを習っているからだ。もともと運動が苦手なので、講師を目指すとか、大会に出るとかいったことではなく、ただ「楽しそうだから」始めただけで、今もただ「楽しいから」続けている。でも、この「楽しい」という感覚はダンスの根源的な動機であって、音楽に合わせて体を動かすことの喜びは、まさに人間の「もっとも初期的な快楽」であろう。何年やっても上達せず、体型のゆるんだ中年夫婦がみっともないと思われるかもしれないが、「楽しい」のだからしかたない。

しかも、ダンスはただ楽しいばかりではない。一人で踊るにせよ、ペアやグループで踊るにせよ、ダンスには音楽との調和、そして一緒に踊る相手や仲間との調和が求められる。社交ダンスで言えば、一般に男性はリーダー、女性はパートナー(フォロワー)と呼ばれ、ダンスはこのリード&フォローが一体となって進められる。ただ、男性が女性をリードすると言っても、「俺について来い!」とばかりにぐいぐい引っ張っていけばいいというわけではない。むしろリーダーはパートナーが美しく、気持ちよく踊れるようにサポートしなければならず、パートナーもパートナーで、男性のリードに柔軟についていく必要がある。しかし、近年ではジェンダーフリーの概念から、従来の「男性=リーダー」「女性=パートナー」という役割分担に変化が生じ、男女どちらがリーダーになってもよく、競技会によっては同性カップルでの出場も許されるようになってきた。社交ダンスの世界も時代に応じて変化するわけで、より多くの人がより自由にダンスを楽しめるようになるのは喜ばしいことだ。

一方、たとえ男女の役割分担が逆転し、性別に関係なく、誰が誰と踊ることになっても、ダンスに調和が必要なことに変わりはない。そしてその調和を生み出すためには、必然的に相手を受け入れ、違いを認めるといった姿勢が必要になる。本書の著者は、「ダンスの世界では調和と相違が共存しているのを私は何度も目にし、経験してきた」と言っている。ダンスの歴史から未来へ目を向けると、これからの時代はLGBTQをはじめ、年齢や性別、人種や宗教、価値観のすべてにおいて多様性に目を向けることが求められる。「調和と相違が共存する世界」とは、まさにこの多様性の社会というビジョンそのものであり、もしダンスをとおしてそれが実現できるなら、こんなに素晴らしいことはない。

だから見た目も年齢も気にすることなく、下手でもいいから、みんなで楽しく踊ろうではないか! Shall we ダンス?


[書き手]高尾 菜つこ(翻訳家)
[ヴィジュアル版]ダンスの歴史:宮廷ダンスからブレイキンまで / ロバート・ヒルトン
[ヴィジュアル版]ダンスの歴史:宮廷ダンスからブレイキンまで
  • 著者:ロバート・ヒルトン
  • 翻訳:高尾 菜つこ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4562072911
  • ISBN-13:978-4562072910
内容紹介:
宮廷、酒場、ダンスホール、ディスコ、クラブ、公園。世界のあらゆる場所で人々は踊ってきた。ワルツ、タンゴ、ルンバ、チャールストン、スウィング、ジャイブ。大衆の体を揺らし続けるダンスの歴史に豊富なカラー図版で迫る。

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