本文抜粋

『図説 世界の神獣・幻想動物:ファンタジーの誕生』(原書房)

  • 2023/08/30
図説 世界の神獣・幻想動物:ファンタジーの誕生 / ボリア・サックス
図説 世界の神獣・幻想動物:ファンタジーの誕生
  • 著者:ボリア・サックス
  • 翻訳:大間知 知子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2023-07-21
  • ISBN-10:4562072970
  • ISBN-13:978-4562072972
内容紹介:
一角獣にマーメイド、鬼に巨人に空飛ぶ怪物......。原始期のアートからトールキン、「ハリー・ポッター」にいたる「想像上の動物」の誕生から発展。神獣への畏怖と怪物への恐怖が具現化する過程をさまざまな図版とともにたどる。
一角獣、マーメイド、ドラゴン、鳳凰、鬼、空飛ぶ怪物……。古代のアートにはじまって中世の暗黒、そしてトールキン、「ハリー・ポッター」にいたる「幻想動物」「空想生物」の誕生から発展を、200点を超える図版とともにたどった書籍『世界の神獣・幻想動物』から、一部を公開します。

神への畏怖と闇への恐怖がファンタジーへ昇華する



「幻想動物」とは何か

動物学者が徹底的な調査の後で、「イエティは実は熊である」と発表したとしよう。多くの人々は、それはイエティが存在しないという意味だと受け取るだろう。しかし、この言葉を文字どおりに受け取らなければ、実際に言わんとする内容は異なってくる。むしろこの言葉は、イエティがどのように分類されるべきかについて語っているのである。その場合でも、私たちはこの発言を否定的な意味で受け取るだろう。イエティに比べれば、熊でさえありきたりの動物に思えるからだ。しかし、もしかするとイエティは「普通」の熊ではないのかもしれない。イエティは未知の種類の熊で、並外れた強さと知性を持ち合わせた熊なのかもしれない。そして、それが事実でなかったとしても、おそらく動物学者によるこの発言は、クマ科の動物への賛辞として理解すべきだろう。

では、「熊」とは何だろうか? そもそも「本物の」動物とは何なのだろうか。現代の生物学は、しばしば1735年に出版されたカール・フォン・リンネの『自然の体系(Systema naturae)』に起源があるとされる。リンネはこの本で、あらゆる生物の体系的分類を試みた。しかしリンネの分類法は基本的に慣例や「常識」によって提示されたカテゴリーを秩序正しく整理したものだ。混乱を生じさせたのは、どっちつかずに見える動物、たとえばコウモリなどだった。リンネは最初、同時代の多数の人々と同様に、コウモリを羽のあるネズミと考えた。後の版ではコウモリを霊長目に分類し、最終的にローラシア獣上目という別の目に入れた。それ以来コウモリはローラシア獣上目に分類されている。

当時の他の博物学者と同様に、リンネはクジラとマナティーを魚に分類した(もちろん現在では科学者はそれらを哺乳類に分類している)。カバはそれまで一般的に豚や馬の仲間とみなされていたが、リンネはそれをげっ歯類に分類した。当時の人々にとって、リンネによる分類の大部分は直感的に理解しやすかったが、外見を信用すべきではないという教訓を科学が示すにつれて、専門知識と経験との隔たりは広がる一方だった。リンネよりおよそ2世紀前に、コペルニクスは地球が不動ではなく、他の天体が地球の周りを回転しているのではないことを明らかにした。ケプラーは天体が真円ではなく楕円を描いて回ることを証明し、ガリレオは天体の表面が完全に平ではないことを発見した。さらに近年になると、ニュートンは白色光が完全に均質ではなく多数の色で構成されていることを証明した。化学者は物質が完全に単一の成分からなるのではなく、多数の要素を含んでいると明らかにし始めた。

この過程はリンネから現在にいたるまで加速し続けている。動物学はさらに多くの伝統的な分類を無効にした。たとえば私たちの印象に反して、カバは他の陸上哺乳類よりも、クジラやその他のクジラ目の動物に近いことが明らかになった。動物学は、クジラは魚であるという概念を覆しただけでなく、これまで魚というカテゴリーに含まれていた生物の進化上の祖先は単一ではないという事実を明らかにして、生物学的なカテゴリーとしての「魚」を否定した。しかし、経験から得た知識と動物が分離されたために、人は新たな幻想に陥りやすくなった。一時的な観察だけでは、動物の実在性を判断する十分な根拠にならなくなったからである。ルネサンスの科学革命の後にマーメイドや古代神話の生き物の目撃談が増加したのは、それが理由のひとつだろう。


未知の動物を分類する

ある動物が「空想」か「実在」かを、どうすれば判断できるだろうか? この手ごわい問いにぶつかったとき、それは分類学の単なる一面、あるいは延長であると考えれば、少しは勇気づけられるかもしれない。結局、幻想動物は人間の期待や恐れだけで成り立っているわけではない。ほとんどの場合、幻想動物には形のあるもの、いわゆるグリフィンのかぎ爪や一角獣の角、サスクワッチの足跡、ネス湖の怪物の写真などが関わっている。噂の生き物の目撃談や、実際に接触したという詳しい体験談もしばしば存在する。もちろん、私たちの調査はルネサンス時代よりはるかに進歩しているが、それらが必ずしも明確で確実とは限らない。イエティの一房の体毛から検出した遺伝情報が人間のそれと似ていたとすれば、イエティを信じる人は、それは単にイエティが人間に近い生物だからだと考えるかもしれない。イエティが実在するかどうかを判断するためには、まずイエティを熊、類人猿、人間、あるいは他の何かとみなすのかどうかを決定しなければならない。

ボノボはチンパンジーなのか? キノコなどの菌類は動物なのか植物なのか? パンダは熊なのか? ネアンデルタール人を人間と考えるべきか? 絶滅してしまったフクロオオカミは、見た目も吠え声も狩りの仕方も犬に似ていたが、彼らは子を袋に入れて運んだ。フクロオオカミは肉食動物か、有袋類なのか?分類学者は彼らの学問を科学的根拠の上に確立させようと努力を続け、さまざまな種類の複雑な測定を行い、グラフや図表を作成したが、結局彼らは自然の秩序に対する直感的理解に頼らざるを得ない。

同じことが、主として噂や伝承を通じて知られる動物の分類にも当てはまる。一角獣は馬か、山羊か、サイか、あるいはまったく違う何かなのだろうか? サテュロスは人間だろうか? 聖霊はハトなのか? マーメイドはネズミイルカか、アザラシか、マナティーか、人間の女性だろうか? キュノケファロス(犬頭人)は人間か、犬か、それともヒヒか? 多くの場合、私たちがこれらの問いにどう答えるかによって、私たちがその生き物を「空想」だと考えるかどうかが最終的に決定される。



グリフィンの実在を否定した作家のトーマス・ブラウンに反論して、スコットランド人聖職者アンドリュー・ロスは17世紀半ばにこのように書いている。


グリフィンは想像上の生き物だと他の著述家が言ったとしても、彼らがそう言ったというだけでは、証明するには不十分である。なぜなら世界にはそのような多数の「混成された疑わしい」動物が存在するからである。アコスタ[スペインのイエズス会士で博物学者]は、一部はロバに、もう一部は羊に似たインディアン・パコス[ラマ]という動物について述べている。レリウス[フランスの探検家]はブラジルのタピルス[バク]について述べている。これはロバと未経産雌牛に似た動物である。その他に、飛ぶ猫や飛ぶ魚、キュノケファロスと呼ばれる犬の頭部を持つ猿のように、混成動物に関する多数の記録がある。コウモリは一部は鳥で、一部は獣である。


ロスがこれを書いたのは、クリストファー・コロンブスが新世界に足を踏み入れてから半世紀あまり後である。この頃、ラマやバクは探検家が伝えるあいまいな報告でしか知られていなかった。初めて見る動物相はあまりにも風変わりだったため、人々はそれをうまく表現する言葉を見つけられず、よく知っている生き物にたとえて語るしかなかった。その結果、しばしば現実離れした混成生物が生み出された。今日では、ラマを羊とロバが合体したものと描写するのは誤っているか、もしくは比喩的表現だと科学者はみなすだろう。しかし、ロスの言わんとすることは大体において、今でも正しいと私は思う。奇妙な混成生物のように見えるが、完全に実在の生き物は数多くいる。


[書き手]ボリア・サックス(人類動物学専門家)
1949年、ニューヨーク生まれ。シカゴ大学哲学科を卒業後、ニューヨーク州立大学で博士号を取得(歴史・ドイツ文化)。ニューヨーク市のマーシー・カレッジで文学を講義している。文化人類学に含まれる「人類動物学」の専門家。邦訳書に『ナチスと動物』のほか、著書多数。アムネスティ・インターナショナルなどの人権団体の顧問も務める。
図説 世界の神獣・幻想動物:ファンタジーの誕生 / ボリア・サックス
図説 世界の神獣・幻想動物:ファンタジーの誕生
  • 著者:ボリア・サックス
  • 翻訳:大間知 知子
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(288ページ)
  • 発売日:2023-07-21
  • ISBN-10:4562072970
  • ISBN-13:978-4562072972
内容紹介:
一角獣にマーメイド、鬼に巨人に空飛ぶ怪物......。原始期のアートからトールキン、「ハリー・ポッター」にいたる「想像上の動物」の誕生から発展。神獣への畏怖と怪物への恐怖が具現化する過程をさまざまな図版とともにたどる。

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