書評

『人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか』(毎日新聞出版)

  • 2023/10/02
人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか / 大治 朋子
人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか
  • 著者:大治 朋子
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4620327794
  • ISBN-13:978-4620327792
内容紹介:
「ナラティブ」という英語の表現がある。日本語では「物語」「語り」「ストーリー」「言説」などと訳されることが多い。物語性を示す言葉で、これほど広い意味を持つ単語は日本語にはない。… もっと読む
「ナラティブ」という英語の表現がある。
日本語では「物語」「語り」「ストーリー」「言説」などと訳されることが多い。
物語性を示す言葉で、これほど広い意味を持つ単語は日本語にはない。
だが、英語圏では日常的に使われている言葉でもある。

私たちは頭の中で、無意識的にナラティブを語り続けている。
学校や職場に向かう道すがら、「今日はどんな一日にしよう」とか、家路につく電車や車の中で、「明日はどんな一日になるだろう」と思い浮かべながら、いつの間にかストーリーを創っている。ハッピーな物語になる時もあれば、自己嫌悪の物語に終始する時もある。
頭の中に浮かぶナラティブは私たちの感情をかき立て、個人を、そして社会を突き動かす。

私たちはナラティブに囲まれて生きているにもかかわらず、ナラティブがいかなる力を持ち、なぜ人間を虜にするのか、そのメカニズムをほとんど知らない。
本書では、近年国内外で起きたさまざまな事件や現象の背後に潜むナラティブのメカニズムとその影響力を解き明かす。

【本書のおもな内容(一部抜粋)】

第1章 SNSで暴れるナラティブ
●養老孟司さん「(ナラティブは)脳が持っているほとんど唯一の形式」
●安倍晋三元首相銃撃件と小田急・京王線襲撃事件
●インセルがはまる陰謀論ナラティブ
●「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」「無敵の人」「強い犯罪者」の時代
●岸田文雄首相襲撃未遂事件と現代型テロ
●最強の被害者ナラティブ

第2章 ナラティブが持つ無限の力
●AIで「潜在的テロリスト」をあぶり出す
●人間が生まれながらにして持つ「人生物語産生機能」
●思考のハイジャック――ペテン師からアルゴリズムへ
●WBC栗山英樹監督が語った「物語」

第3章 ナラティブ下克上時代
●伊藤詩織さんが破った沈黙
●五ノ井里奈さんが突き崩した組織防衛の物語
●元2世信者、小川さゆりさんの語り
●「選挙はストーリー」と語った安倍元首相の1人称政治

第4章 SNS+ナラティブ=世界最大規模の心理操作
●ケンブリッジ・アナリティカ事件の告発者に聞く
●狙われる「神経症的な傾向のある人」
●情報戦を制す先制と繰り返し
●トランプ現象という怒りのポピュリズム
●ナゾのイスラエル・情報工作企業
●「日本は特に危ない」
●米国防総省の「ナラティブ洗脳ツール」開発
●SNSを舞台とする「認知戦」へ
●イスラエルのSNS監視システム
●中国の「制脳権」をめぐる闘いとティックトック

第5章 脳神経科学から読み解くナラティブ
●幼少期の集中教育は何をもたらすのか
●向社会性が低いとカモにされやすい?
●孤独な脳は人間への感受性を鈍化させる
●陰謀論やフェイクニュースにだまされない「気づきの脳」

第6章 ナラティブをめぐる営み
●保阪正康さんがつむぐ元日本兵の語り
●柳田邦男さん「人は物語を生きている」
●ナラティブ・ジャーナリズムとは
●SNS時代の社会情動(非認知的)スキル

巧妙な人心操作のメカニズム

「ナラティブ」というのは「物語」とか「語り」という意味の英語だそうだ。辞書を引くと、隣に「ナレーション」がある。ナラティブになじみはないが、ナレーションなら知っている。

このナラティブが時と場合によってとてつもない力を発揮する、というノンフィクション。ただし、その力は良いほうにも悪いほうにも働く。

著者は毎日新聞の記者。というか、この本の一部はときどき本紙にも掲載されていて、書籍はそのフルバージョンだ。

ナラティブが力を持つ実例はぼくたちの身のまわりにいくらでもある。たとえば歴史の学習まんが。年号と固有名詞だけ暗記しようとしてもなかなか覚えられないのに、起承転結のある物語として捉えると忘れない。

本書のはじめのほうで解剖学者の養老孟司は「ナラティブっていうのは、我々の脳が持っているほとんど唯一の形式じゃないかと思うんですね」と語っている。ぼくたちはナラティブに囲まれて生きている。

効くナラティブとあまり効かないナラティブがある。脳神経科学などの研究者に取材した部分が興味深い。人がぼんやりしているときでも活動している脳の部分(ネットワーク)があり、ナラティブがそのツボにうまくはまると、人は動かされる。論理的に説得するよりも、情に訴えるほうが効果的だとよくいうけれども、こういうことなのかもしれない。

ナラティブが人を動かす。たとえば、不遇だと感じている人に、「君は被害者なんだよ。君をおとしいれて笑っているヤツがいるぞ」と物語れば、それがグッと心に刺さる。その人は社会に復讐しようとするかもしれない。

どうして多くのアメリカ人がトランプを熱狂的に支持するのか、ぼくはさっぱり理解できない。だがナラティブの力が働いていると考えれば納得できる。プーチンを支持するロシア人も、そして100年前の関東大震災で朝鮮人や中国人を虐殺した日本人も、みんなナラティブに動かされた。逆に、ナラティブが過酷な状況を生きる支えとなることもある。

インターネットが普及し、SNSの利用者が増えると、ナラティブは国家や企業によって戦略的に用いられるようになる。SNSを分析してターゲットを絞り、ウソや誇張も含めてナラティブを吹き込む。小さな焚火から山火事を起こすように、世の中を動かすことができてしまう。イギリスのEU離脱でもアメリカ大統領選でも、ナラティブが結果を左右した。

表紙には木の下で寝そべる人の絵。人は下の方の枝の果実に手を伸ばしている。もぎ取りやすい果実=簡単に手に入る獲物を得ようとする人。ナラティブに影響されやすい人のイメージだ。「神経症的、あるいは被害者意識が強いとか自己陶酔的な傾向があり、なおかつSNSでの活動が活発な人々」が標的になりやすいと、情報操作に詳しい人物が語っている。

AIの発達などで、人心操作は今後ますます巧妙になるだろう。ターゲットにされないためにはどうすればいいか。最終章には「書く」「読む」「聞く」「話す」が出てくる。ぼーっとSNS見てたんじゃ危ない。
人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか / 大治 朋子
人を動かすナラティブ なぜ、あの「語り」に惑わされるのか
  • 著者:大治 朋子
  • 出版社:毎日新聞出版
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2023-06-26
  • ISBN-10:4620327794
  • ISBN-13:978-4620327792
内容紹介:
「ナラティブ」という英語の表現がある。日本語では「物語」「語り」「ストーリー」「言説」などと訳されることが多い。物語性を示す言葉で、これほど広い意味を持つ単語は日本語にはない。… もっと読む
「ナラティブ」という英語の表現がある。
日本語では「物語」「語り」「ストーリー」「言説」などと訳されることが多い。
物語性を示す言葉で、これほど広い意味を持つ単語は日本語にはない。
だが、英語圏では日常的に使われている言葉でもある。

私たちは頭の中で、無意識的にナラティブを語り続けている。
学校や職場に向かう道すがら、「今日はどんな一日にしよう」とか、家路につく電車や車の中で、「明日はどんな一日になるだろう」と思い浮かべながら、いつの間にかストーリーを創っている。ハッピーな物語になる時もあれば、自己嫌悪の物語に終始する時もある。
頭の中に浮かぶナラティブは私たちの感情をかき立て、個人を、そして社会を突き動かす。

私たちはナラティブに囲まれて生きているにもかかわらず、ナラティブがいかなる力を持ち、なぜ人間を虜にするのか、そのメカニズムをほとんど知らない。
本書では、近年国内外で起きたさまざまな事件や現象の背後に潜むナラティブのメカニズムとその影響力を解き明かす。

【本書のおもな内容(一部抜粋)】

第1章 SNSで暴れるナラティブ
●養老孟司さん「(ナラティブは)脳が持っているほとんど唯一の形式」
●安倍晋三元首相銃撃件と小田急・京王線襲撃事件
●インセルがはまる陰謀論ナラティブ
●「ローンオフェンダー(単独の攻撃者)」「無敵の人」「強い犯罪者」の時代
●岸田文雄首相襲撃未遂事件と現代型テロ
●最強の被害者ナラティブ

第2章 ナラティブが持つ無限の力
●AIで「潜在的テロリスト」をあぶり出す
●人間が生まれながらにして持つ「人生物語産生機能」
●思考のハイジャック――ペテン師からアルゴリズムへ
●WBC栗山英樹監督が語った「物語」

第3章 ナラティブ下克上時代
●伊藤詩織さんが破った沈黙
●五ノ井里奈さんが突き崩した組織防衛の物語
●元2世信者、小川さゆりさんの語り
●「選挙はストーリー」と語った安倍元首相の1人称政治

第4章 SNS+ナラティブ=世界最大規模の心理操作
●ケンブリッジ・アナリティカ事件の告発者に聞く
●狙われる「神経症的な傾向のある人」
●情報戦を制す先制と繰り返し
●トランプ現象という怒りのポピュリズム
●ナゾのイスラエル・情報工作企業
●「日本は特に危ない」
●米国防総省の「ナラティブ洗脳ツール」開発
●SNSを舞台とする「認知戦」へ
●イスラエルのSNS監視システム
●中国の「制脳権」をめぐる闘いとティックトック

第5章 脳神経科学から読み解くナラティブ
●幼少期の集中教育は何をもたらすのか
●向社会性が低いとカモにされやすい?
●孤独な脳は人間への感受性を鈍化させる
●陰謀論やフェイクニュースにだまされない「気づきの脳」

第6章 ナラティブをめぐる営み
●保阪正康さんがつむぐ元日本兵の語り
●柳田邦男さん「人は物語を生きている」
●ナラティブ・ジャーナリズムとは
●SNS時代の社会情動(非認知的)スキル

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2023年8月19日

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