後書き

『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』(文化資源社)

  • 2023/11/27
宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ / 杉浦静
宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ
  • 著者:杉浦静
  • 出版社:文化資源社
  • 装丁:単行本(520ページ)
  • 発売日:2023-11-10
  • ISBN-10:4910714030
  • ISBN-13:978-4910714035
内容紹介:
草稿・下書稿・最終形から作者の心象スケッチの動態を探る研究。草稿研究の極致!
没後90年を迎え、いまなおその作品が新たな読者へ読み継がれる宮沢賢治は、一つの作品を何度も書き直したことでも知られています。活字で印刷されること、その裏には、本文を確定するための専門家による入念な調査というドラマがあり、それは現在も続いています。このたび公刊された『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』では、「新校本宮澤賢治全集」の編集委員をつとめ、すべての原稿・草稿を閲覧・調査した著者が、宮沢賢治による書き直しの意図、「作品の完成」という固定化を強く意識しなかったことによるその変転を読み解きます。以下にその「あとがき」を公開します。

何度も書き直された宮沢賢治作品の変遷をたどる

『宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ』と題した本書には、前著『宮沢賢治 明滅する春と修羅』(1993年1月、蒼丘書林)以後に書き継いできた心象スケッチ・文語詩・短歌などをめぐる論考を収録しています。

前著刊行以降、『新校本 宮澤賢治全集』(筑摩書房)の編纂委員として、本文決定・校異作成の再検討、索引作成にたずさわり、また、『宮沢賢治コレクション』(同前)においては、編集および本文決定、現代仮名づかいへの変更を担当しました。これら編集作業を通じて、宮沢清六さんをはじめ新校本全集編纂委員の天沢退二郎・入沢康夫・奥田弘・栗原敦さんたちから、宮沢賢治に関する様々なことを教わり、解釈をめぐっての刺激的な議論にも引き入れられました。また、具体的な編集作業、資料探索等については、まさに鍛えられたといっていい厳しさを教えられました。なにより、宮沢賢治のほぼ全草稿に目を通す機会を得たことで、それまで主として『校本宮澤賢治全集』の校異によって検討していた生成過程を、一気に三次元の立体的なものとして見通せるようになりました。この得がたい体験は、それ以後の貴重な資糧となっています。おかげで、ますます草稿を扱う研究にのめり込むことになったように思います。

1970年代初頭、校本全集の刊行と相前後して、天沢さんや入沢さんが書く宮沢賢治の「新しさと深さと広がりを併せ持つ文学観」(校本全集「内容見本」)や作品観についてのエッセイ、批評が、数多く雑誌、新聞に載りました。私は、それにひどく驚きました。作品自体の「成長と脱皮と転生」(校本全集「内容見本」)などということは考えたこともなく、作品とは言語の純粋な結晶体というように漠然と感じていたからです。

校本全集の「内容見本」では、宮沢賢治の文学創造の本質を、

「宇宙全体と作者との全的な交感、科学と宗教と芸術の合体を意味すると同時に、作品それぞれに、空間の三次元に対する第四の次元である「時間」の軸に沿って、あたかも一個の有機体のような成長と脱皮と転生をくり返させること、言いかえれば、そうした作品の生成・転化そのものによってしか、時空四次元連続体としての世界の実相はとらえ得ないのだと思いきわめること」

とまとめ、「作品の生成・転化」を跡づけるものとして、「幾重にもなされる推敲・改稿・改作」を位置づけていました。

この作品観や文学創造の本質観に衝撃を受け、刊行の始まった校本全集を、『注文の多い料理店』の「序」風にいえば、「わけのわからないところ」もありましたが、わからないままに読み始めたのでした。

入沢さんは、いくぶん啓蒙的な「賢治作品の新しい貌」(『国文学』一九七五年四月号)でもって、「その都度その都度の完成と、そこからの転生・再完成の繰り返し」を「作品の生成・転化」と要約していましたし、天沢さんは、「《宮澤賢治》の出現と発見」(『すばる』24号、一九七六年六月)において、賢治作品の《内実》や《本質的なもの》は、

「賢治の詩や童話〈作品〉が、いったん下書されあるいは清書されてもそこにテクストとして静止することなく、次々に決然たる推敲・改稿・改作の営為を経て、あるいは解体や合体や消滅をくりかえし、あたかも時間軸上に転生をかさねていくという事実」

のうえに出現すると断言していました。

かくして私の宮沢賢治探究が始まりました。一貫して「推敲・改稿・改作」といった文学営為に関心の中心があったのは、このような起源があったからだ、といま改めて実感しています。

果たして「作品の《内実》をネグレクトしたまま形の上だけでの推移や転生を云々してみても何ひとつ《本質的なこと》が明らかになるわけでもないであろう」(天沢退二郎)との危惧を免れているか、読者諸賢のご批正を賜りたく思います。

本書は、前著以後、様々な機会を得て、佐藤通雅個人誌『路上』、研究同人誌『近代文学論』、学会や研究会の機関誌、研究報告書などの多様な雑誌・書籍に掲載した論考からなります。その折々の興味・関心・問題意識あるいは依頼されたテーマに従って執筆したものであり、宮沢賢治の草稿を中心として「生成・転化」を追究するという方法はおおむね一貫するものの、議論の主題、文体や論じ方にはバラツキがありました。これらを、心象スケッチ論・詩集(スケッチ集)の論、同時代の文化や地域との関係を考えたもの、賢治テクストの生成・転化や編成に関するもの、テクストを読み味わうもの、に分類し、加筆修正を加えました。しかし、論の骨子については、変更していません。また、発表後にうけた批判・批評については、補記のかたちで取り込んでいます。

[書き手]
杉浦 静(すぎうら しずか)
1952年生まれ。大妻女子大学名誉教授。宮沢賢治学会理事・代表理事を歴任。
主な著書に、『宮沢賢治 明滅する春と修羅』(1993、蒼丘書林。岩手日報文学賞宮沢賢治賞受賞)がある。宮沢賢治関係の編纂・共編著・監修として、『新校本宮澤賢治全集』(全16巻別巻1、1995~2009、筑摩書房)、『宮沢賢治コレクション』(全10巻、2016~2018、筑摩書房)、『図説 宮沢賢治』(2011、筑摩書房)、『新編宮沢賢治歌集』(2006、蒼丘書林)、『別冊太陽日本のこころ218 宮沢賢治』(2014、平凡社)など。
宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ / 杉浦静
宮沢賢治 生成・転化する心象スケッチ
  • 著者:杉浦静
  • 出版社:文化資源社
  • 装丁:単行本(520ページ)
  • 発売日:2023-11-10
  • ISBN-10:4910714030
  • ISBN-13:978-4910714035
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草稿・下書稿・最終形から作者の心象スケッチの動態を探る研究。草稿研究の極致!

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