前書き

『グリム童話の料理帳』(原書房)

  • 2023/12/13
グリム童話の料理帳 / ロバート・トゥーズリー・アンダーソン
グリム童話の料理帳
  • 著者:ロバート・トゥーズリー・アンダーソン
  • 翻訳:森嶋 マリ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2023-10-24
  • ISBN-10:4562073527
  • ISBN-13:978-4562073528
内容紹介:
世界中の子どもたちに愛されるグリム童話。その世界を楽しむための50以上のレシピをお届け。「赤ずきん」のソーセージ、「ラプンツェル」のサラダ、「白雪姫」のクッキー、「ヘンゼルとグレーテル」のお菓子の家など。
時代を超えて、世界中の子どもたちに愛されつづけるグリム童話。誰もが一度は「ヘンゼルとグレーテル」を読んで「あのお菓子の家を食べてみたい!」と思ったことがあるはず。
そんなグリム童話が初版当時、意外にも残酷な物語だったことは多くの人に知られているが、じつは「食べ物への執着」を描いた物語だったことはあまり知られていないだろう。おとぎ話の発祥の地ヨーロッパでは当時、多くの人が飢餓の危機にさらされていた。だからこそグリム童話の主人公の多くは空腹で、貧しく、逆境と敵だらけの世の中を生き抜き、知恵を使って、成功を手にする。そして魔法のテーブルやお菓子の家には、みんなで分けあえる豊かな食べ物への憧れがこめられているのだろう。
そんなふうに「食べ物」という視点から読み解くと、新しいおとぎ話の世界が見えてくるかもしれない。グリム童話に登場する食べ物の意味を解説し、物語世界を楽しむためのレシピを紹介した『グリム童話の料理帳』より、「はじめに」を抜粋して公開する。

残酷な童話から子供向けの童話へ

ヤーコプ・ルートヴィヒ・カール・グリム(1785~1863年)とヴィルヘルム・カール・グリム(1786~1859年)が編纂したグリム童話(原題:子供と家庭の昔話)が刊行されたのは、1812年のことです。その後、改訂版が次々に出版され、1857年に決定版が出ると、英語はもとよりさまざまな言語に翻訳され、その多くは表現や描写がやわらげられました。ある意味で、不適切な箇所が削られたのです。そんなふうにして、グリム童話はいわゆるおとぎ話の様相を呈するようになったのでした。どこか中世の雰囲気が漂う「むかしむかし」の世界を舞台に、主人公が邪悪な敵を打ちまかし、富を手に入れ、めでたく結婚して、「幸せに暮らしましたとさ」で終わる、まさに冒険と魔法の物語です。

そういった昔話は、グリム兄弟が生きた時代よりはるか前から存在していました。大半は名もなき人々によって口伝えで伝えられてきましたが、ときにはシャルル・ペロー(1628~1703年)の『ペロー童話集(原題:『すぎた昔の物語ならびに小話』)』(1697年刊行)のように、洗練された文学作品として世に出ることもありました。いっぽうで、グリム兄弟は昔話を意義深い歴史を反映した物語ととらえ、セックス、暴力、残酷なブラックユーモアなど、読者が戸惑うような要素を数多く残しました。その後、子供や母親が安心して読めるように、そういった要素はやわらげられて、削除され、また、版を重ねるごとにグリム兄弟自ら、穏やかな内容へと手直ししていったのでした。


物語に隠された「食べ物への執着」

魔法の指輪、しゃべる動物、魔女、小人、鬼、お姫さまなど、ファンタジーが満載のグリム童話ですが、それでいて、現実の世界にも通じるリアリティにあふれています。主人公の多くは空腹で、貧しく、逆境と敵だらけの世の中を生き抜き、知恵を使って、成功を手にします。王、女王、姫、商人といった裕福な主人公も、複雑な家庭環境や、子供ができないという悩み、孤独や老いへの恐怖、愛や幸福の追求など、多くの人が共感する問題を抱えています。英国の作家アンジェラ・カーター(1940~1992年)は、そのリアリズムのもとにあるものを“おとぎ話は、ある王さまが別の王さまに砂糖の入ったカップを借りにいく話である”と表現しました。

カーターの言う“砂糖の入ったカップ”は、グリム童話に隠されたもうひとつの切実ともいえる要素である食べ物への執着を意味し、それは現実に起きた飢餓を反映しています。おとぎ話の発祥の地ヨーロッパでは、多くの人がつねに飢餓の危機にさらされていました。たとえば、『ヘンゼルとグレーテル』は過酷で生々しい飢餓の物語そのものとも言えます。まぎれもなく飢饉が発端にあるお話なのです。森の木こりとその女房は、わずかな食べ物で自分たちが生き延びるために、ふたりの子供を捨てる(つまりは死んでもらう)ことにして、そこから食べ物が重要な役割を担う現実離れしたファンタジー、あるいはホラーが展開していきます。その結果、なにもかもが食べられる世界――家も子供たちも食べられる世界が出てきます。この種のお話で、食べ物は生死に直結する大問題なのです。


「魔法のテーブル」が表す豊かな社会

いっぽうで、グリム童話に登場する食べ物は、より身近で楽しい要素にも焦点が当てられています。おいしい食べ物を分かちあい、絆を深める場面もよく出てきます。登場する食べ物は豪華でもなければ、めずらしいものでもなく、今でもごく普通に食べられているシンプルな料理ばかりです。オーブンで焼いた肉、野山で狩ってきた動物の肉、チーズ、パン、スープ、シチュー、果物など、いわゆる滋味深い旬の食べ物です。『おぜんやご飯のしたくと金貨を産む騾馬と棍棒袋から出ろ』というお話では、いくら食べてもご馳走がひとりでに並ぶ魔法のテーブルが出てきます。口と尻から金貨を吐きだすロバより先に登場するのです。おとぎ話の世界では、みんなで分けあえる良質な食べ物は、豊かな社会の基盤で、証でもあるのです。私たちが生きている現代でも、それは変わっていません。

本書で紹介するグリム童話をもとに考案したレシピはみな、この精神に基づいています。シンプルなスープ、滋味深いシチュー、愛情たっぷりのパイ、おいしくて腹持ちのいいプディング、どれも簡単で、材料も手に入りやすく、それでいて、胸を張って友達や家族にご馳走できる料理です。ドイツ語で「祝福された食事(ゲゼグネッテ・マールツァイト)」と呼ばれる料理です。


[書き手]ロバート・トゥーズリー・アンダーソン
スコットランド在住の作家、詩人、編集者。本書のほかにも、トールキンやジェイン・オースティンといった文学作品をテーマとした料理本を執筆し、いずれも好評を博している。
グリム童話の料理帳 / ロバート・トゥーズリー・アンダーソン
グリム童話の料理帳
  • 著者:ロバート・トゥーズリー・アンダーソン
  • 翻訳:森嶋 マリ
  • 出版社:原書房
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2023-10-24
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