この数年、性的少数者を題材にした小説が増えている。それを書くことが当たり前になったのだ。
川上弘美『森へ行きましょう』や川上未映子『夏物語』のように性的少数者がさりげなく出てくる作品もあるし、千葉雅也『デッドライン』や本作のように、少数者であることそのもの、そこで生じる揺らぎや軋轢を主題にした小説もある。
本作は、主人公の「私」と「タケオ」のセックスシーンで始まる。恋人に「マナ」と呼ばれる「私」は、警備会社に勤める二十八歳の既婚男性だ。あることから女装の歓びに目覚めた彼が、女装をアイデンティティとし、性をクロスし(越え)ていく過程が描かれる。
「私」は恋人に愛されているかより、彼が本当に快感を得ているかが気になるという。「私」は配偶者にも以前の恋人にも、必要とされているか常に訝(いぶか)って不安を覚え、過剰な気遣いや性的奉仕に努めてきた。
「私」が自分と交わる場面がとりわけ官能的だ。「私」にとっての女は人に見せるより「女の自分」に会うためであり、最終的に越えるのは性ではなく自他の境なのではないか。究極の孤独がそこにある。