書評

『書き下ろし歌謡曲』(岩波書店)

  • 2017/08/01
書き下ろし歌謡曲  / 阿久 悠
書き下ろし歌謡曲
  • 著者:阿久 悠
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(227ページ)
  • 発売日:1997-08-20
  • ISBN:4004305209
内容紹介:
「時の過ぎゆくままに」「北の宿から」「青春時代」「熱き心に」、そしてピンク・レディー-ヒットメーカーの名をほしいままにした作詞家が、100編の詞を一挙に書き下ろすという離れ業をなしとげた。時代を捉える言葉をつくり続けてきた著者の新たな挑戦、そして語りだされる実践的歌謡曲論。「詞」がいま甦り、光り出す。

時には歌謡曲のように

阿久悠の「書き下ろし歌謡曲」(岩波新書)には百編(!)の書き下ろし歌謡曲+歌謡曲論に加え、さらに阿久悠が作詞した主な歌謡曲のリストも掲載されている。いちばん古いのが(というより、いちばん最初に彼が作詞したのが)一九六七年のモップスの「朝まで待てない」で、ぼくはいまでも歌える。「歌謡曲の王様」阿久悠の最初の作詞がいわゆるGS(グループサウンズ)のためだったというところも興味深い。それから六九年がズー二ーヴーの「白いサンゴ礁」(当時、毎晩どこかのジュークボックスで聞いていたっけ)、七〇年が「ざんげの値打ちもない」、七一年が「また逢う日まで」「ピンポンパン体操」、七二年が「どうにもとまらない」「せんせい」、七三年が「若草の髪かざり」「ジョニーへの伝言」「わたしの青い鳥」「五番街のマリーへ」、七四年が「さらば友よ」「宇宙戦艦ヤマト」、七五年が「ロマンス」「時の過ぎゆくままに」「北の宿から」、七六年が「青春時代」「ペッパー警部」「津軽海峡・冬景色」、七七年が「勝手にしやがれ」「UFO」、七八年が「サウスポー」、七九年が「舟唄」、八一年が「もしもピアノが弾けたなら」……。実は、そのリストを見ながら、我が家に導入してある通信カラオケを使い試しに歌ってみたら、なんとこの辺までは、全部歌えるのである。さすが、阿久悠!おそるべし(でも、歌えてしまうぼく自身もおそろしい)。

しかし、八二年を過ぎる頃になると、リストのヒット曲も減り、だいたいぼくが歌える曲もなくなってくる。

歌謡曲が時代と共に生きるものだとするなら、阿久悠の詞も時代と少しずつずれ出していったのだろう。もちろん、それは彼にとって不名誉なことではない。少なくとも彼は独力で一つの時代を築き上げたことがあったのだ。

ところで、問題の書き下ろし百編の方は、曲がついていないという致命的なハンデの分を差し引いても、少し距離を感じる。歌謡曲的世界がもうぼくとは無縁になってしまったからだろうか。そうだとすれば、問題は簡単なのだが、事態はもう少し複雑なのである。

この前、数人でカラオケへ行った。四十三歳のA氏は演歌専門(+「もしもピアノが弾けたなら」)、三十歳のB嬢も演歌(たとえば「天城越え」)、十代のC嬢、D嬢はもちろんコムロソングで、わたしはというとムード歌謡+GS+テレサ・テン+竹内まりや+尾崎豊(わけのわからん組み合わせ)。早い話が、全員、自分の好きな歌を歌って他人の歌を聞いていないのである。歌うためには聞き込まねばならず、だとするなら、「現在」のヒットソングを聞き込むのはぼくにはもういささかつらい。たぶん、共感を込めて歌を聞くために必要な感受性がある時期は限られていて、結局のところ、その時期に降った雨を水源にして、人は歌ってゆくのだろう。

シャンソンが聴こえる喫茶店
文庫本 膝にのせ 読んでいる
ほの白いあのひとの横顔は
大人びて このぼくを遠ざける
……
貧しげなアパートの一部屋が
まぎれなく愛の巣であったけど
窓からの東京の大きさに
時々はためいきもついていた(「お茶の水グラフィティ」)

これも書き下ろし百編の一つ。やはり、もう少し古い。ちょっと前なら歌えたかもしれないのだが。それからもう一つ付け加えると、ぼくは実際にこんな生活もしていた。なのにいまでは遠い作り話のように見えるのだ。

【この書評が収録されている書籍】
退屈な読書 / 高橋 源一郎
退屈な読書
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1999-03-00
  • ASIN: 4022573759
内容紹介:
死んでもいい、本のためなら…。すべての本好きに贈る世界でいちばん過激な読書録。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

書き下ろし歌謡曲  / 阿久 悠
書き下ろし歌謡曲
  • 著者:阿久 悠
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:新書(227ページ)
  • 発売日:1997-08-20
  • ISBN:4004305209
内容紹介:
「時の過ぎゆくままに」「北の宿から」「青春時代」「熱き心に」、そしてピンク・レディー-ヒットメーカーの名をほしいままにした作詞家が、100編の詞を一挙に書き下ろすという離れ業をなしとげた。時代を捉える言葉をつくり続けてきた著者の新たな挑戦、そして語りだされる実践的歌謡曲論。「詞」がいま甦り、光り出す。

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初出メディア

週刊朝日

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