書評
『流される』(文藝春秋)
祖父への屈折した意識を淡々と
本編は『東京少年』『日本橋バビロン』に続く、自伝的長編の第三部に当たる。著者はここで、若いころ沖電気に在籍した母方の祖父、高宮信三を描こうと試みる。思春期の一時期を、青山にある母の実家で過ごした著者は、信三の人となりに親しく接した。ここに描かれる信三は、家人や周囲の人びとから敬意を払われつつ、なんとなく煙たがられるという、奇妙な存在である。
著者自身も、信三に用を頼まれたり、外出の供を求められたりすると、半ばうっとうしいような、半ばうれしいような、複雑な気持ちになる。その屈折した意識が、さめた筆致で淡々とつづられる。
人物描写に精彩があり、中でも素性の怪しい滝本なる男は、すこぶる小説的な人物に描かれている。
詰まるところ著者は、祖父に対する模糊(もこ)とした心情を、あらためて検証するために自己を語り、そこに祖父の面影を見いだそうとした、と思われる。
朝日新聞 2011年11月6日
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