書評

『古文の読解』(筑摩書房)

  • 2017/08/21
古文の読解  / 小西 甚一
古文の読解
  • 著者:小西 甚一
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(536ページ)
  • 発売日:2010-02-09
  • ISBN-10:4480092730
  • ISBN-13:978-4480092731
内容紹介:
長年定番であった、あの参考書を復刊。この一冊であなたも古典通!住居・服飾などを通じ作品の背景を知り、様々な古典作品から「もののあはれ」に代表される人々の感性を学びながら、当時の時代背景が詳細に理解できます。受験を離れた大人が、古典をゆっくり味わうための最適なガイドにもなる一冊。

助動詞「む」は「will」から類推せよ

「還暦すぎたら岩波文庫、それも赤帯(海外文学)じゃなくて、黄帯(日本古典)ですね」とは「今週の本棚」のレギュラー執筆者だった故・向井敏さんの述懐だったが、私も昨年の十一月に還暦を迎え、日本古典回帰が始まったようだ。しかし、いざ岩波文庫の黄帯を買い込んでも現代語訳はついていないから往生する。古語文法などすっかり忘れてしまっているからだ。そこで文法再学習と意気込んで大学受験時に愛用した小西甚一の『古文研究法』『国文法ちかみち』(ともに洛陽社)を書庫の隅に探すが見つからない。そんなとき小西甚一のもう一冊の参考書『古文の読解』が文庫化された。解説の武藤康史によると『古文研究法』と『国文法ちかみち』を圧縮したような内容のうえ、著者と受験生が会話する文体で書かれているという。往年の小西ファンならこれを買わない手はない。

というわけで読み始めたのだが、やはり並の参考書とは格が違う。では、どこがどう違うのか? 英・仏・中の外国語にも堪能だった著者だけあって、言語の本質から古文を捉(とら)えるという姿勢が一貫しているのである。

まず、語義の覚え方について。「1 基本の意味だけ覚えこむ。2 用例ぐるみ覚える」。これなら他の参考書にも出ているコツだと思うが、「はづかし」の覚え方を見ると、なるほど小西甚一は違うと納得する。すなわち「はづかし」は「(1)きまりがわるい。てれくさい。(2)気がひける。気づまりだ。(3)自分より上だ。一枚うわてだ。(4)りっぱだ。すぐれている。美しい」と辞書に出ているが、このうち(1)だけを頭に叩(たた)きこみ、あとは場面に応じて解釈すればいい。「その場面は、要するに文章の形であたえられるわけだから、具体的には用例である。用例ぐるみ覚えておけば、いちいちの訳語は忘れても、なんとか解釈できるはずである」

たとえば「はづかしき人の歌の本末(もとすえ)とひたるに、ふとおぼえたる、われながら嬉(うれ)し」(『枕冊子』)の現代語訳は「尊敬している人が古歌の上句や下句を質問なさったとき、すぐに思い出せたのは、自分ながらうれしい」であるから語義は(4)であるが、その解釈が出てくる筋道はといえば「こちらがてれくさいほどな人がすなわち『はづかしき人』で、なぜてれくさいかといえば、相手が自分よりもあまりにりっぱなので、どうして自分はこんなにつまらないのかと感ずるわけ。そうすると、それは(3)の応用にすぎないこともわかる。また、歌の本末を問うというような知識的な面でつきあっている人だから、(4)のなかでも『すぐれている』で解釈する」。

かくして、記憶用ノートの「はずかし」の項目はこう記されることになる。「はづかし=feel embrrassed『はづかしき人』(プラス場面)」

この語義記憶法に英語が使われているところから想像がつくように、小西甚一の古文解釈法は外国語学習の成果を応用した面が多分に強かった。すなわち、英語やフランス語を学ぶときのノウハウを使えば、古文は容易に理解できるという観点である。

その良い例が、古文の助動詞の中でも難関とされている「む」の理解の仕方である。辞書には「推量・意志・勧誘・仮想・婉曲(えんきょく)」とあるが、これは要するに英語のwill(shall)およびその仮定法的な用法であるwould(should)に等しく、「『む』にはwillのもつ用法がすべて含まれるということなのである」。

もちろん、英語類推法だけが小西メソッドではない。たとえば、古文学習者にとって悩ましい主語の同定は「まず登場人物のリストを作りたまえというのが、わたくしのアドバイスである」。すなわち、そのリストから該当しそうもない人物を「引き算」で消去していけば、主語はだいたいわかってしまうというのだ。また、主語が隠れている場合には敬語という「主語の身がわり」がいるから、敬語を押さえれば主語は同定できる。では、敬語はどうやって理解するか? 中でも難解な尊敬と謙譲の関係は? 「謙譲は、実は自分を低めることが目的なのではなく、自分を低めればしぜんにトピックの人が高くなるから、それによってトピックの人が尊敬されたのと同じ効果を出すのがねらいなのである」

最後に、本書の構成について一言。右のような文法的な古文解釈法はじつは「第四章 むかしの言いかた」に記されているので、「まずは文法の再学習を」という人は第四章から読み始めるように。一方、文法は敬遠して知識の方を優先という人には、一、二、三章と順を追って読むといい。衣食住・時間・季節についての解説、「かなし」「もののあはれ」「をかし」「色ごのみ」などのキーワードの解釈、ジャンルについての考察に当てられているので、知的満足が得られる。

いずれにしろ、かつての大学受験参考書のレベルの高さに驚嘆すること必定の一冊である。
古文の読解  / 小西 甚一
古文の読解
  • 著者:小西 甚一
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(536ページ)
  • 発売日:2010-02-09
  • ISBN-10:4480092730
  • ISBN-13:978-4480092731
内容紹介:
長年定番であった、あの参考書を復刊。この一冊であなたも古典通!住居・服飾などを通じ作品の背景を知り、様々な古典作品から「もののあはれ」に代表される人々の感性を学びながら、当時の時代背景が詳細に理解できます。受験を離れた大人が、古典をゆっくり味わうための最適なガイドにもなる一冊。

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毎日新聞 2010年4月11日

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