書評

『死霊』(講談社)

  • 2017/08/23
死霊  / 埴谷 雄高
死霊
  • 著者:埴谷 雄高
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(432ページ)
  • 発売日:2003-02-10
  • ISBN:4061983210
内容紹介:
晩夏酷暑の或る日、郊外の風癲病院の門をひとりの青年がくぐる。青年の名は三輪与志、当病院の若き精神病医と自己意識の飛躍をめぐって議論になり、真向う対立する。三輪与志の渇し求める"虚体"とは何か。三輪家四兄弟がそれぞれのめざす窮極の"革命"を語る『死霊』の世界。全宇宙における"存在"の秘密を生涯かけて追究した傑作。序曲にあたる一章から三章までを収録。日本文学大賞受賞。

オタク小説としてよみがえる『死霊』

小説の読み方には二つの方法がある。一つは小説をそれが書かれた時代に送り返し、その時代の状況や習慣などを考慮に入れつつ読む方法。もう一つは、小説が書かれた時代や状況を一切無視して、現代的な関心の光を当てながら読む方法である。

では、戦後文学の金字塔と言われながら、完読した人のほとんどいない難解小説の極北『死霊』についてはどちらの方法を採用すべきか? 私は断固として後者を採りたい。ただし、その視点は一般とはかなり異なる。『死霊』をオタク小説、引きこもり小説として読むのである。

これは一般に指摘されることが少ないが、『死霊』には三つのジェネレーションが登場する。主人公である旧制高校生・三輪与志とその友人・矢場徹吾、黒川建吉の世代。その上が、与志の兄である大学生・三輪高志とその友人・首猛夫(くびたけお)(小説全体の狂言回し。饒舌(じょうぜつ)な論争者)の世代。もう一つは、三輪兄弟の父である政治家・三輪広志とその友人であり、三輪与志の婚約者・安寿子(やすこ)の父である元警視総監・津田康造およびその夫人の世代。

この一番年長の世代は明治維新を担った天保世代の子供の世代、つまり明治の二代目に当たるが、彼らの責務は父の世代から受け継いだ明治国家の屋台骨を支えることで、二人が首猛夫の吹きかける哲学議論にも真っ向から立ち向かうほどのインテリでありながら、基本的には政治や警察などの実務にしか関心がないのはそのためである。これは、現代日本との類推でいえば、戦後復興に尽力した戦中派世代に匹敵する。

一方、三輪高志・与志兄弟は明治の三代目であり、父親のような国家や社会に対する意識は希薄である。興味があるのは「自我」であり、「自由」である。現に、高志は自分の恋人の自殺の原因を追及されたとき「正真正銘の自由意志でおこなえることがこの人生に二つあるが、お前はそれがなんだと思うかね」と問いかけ、それは自殺と子供をつくらないことだと答える。「そうだ、『俺(おれ)の子供』――これが俺達の第二の重い躓(つまず)きの石だ」。これはサルトルの『自由への道』で主人公マチューが取る道と同じである。

ただし、高志は弟の与志の世代と違って、絶対的自由を希求するがゆえに政治にコミットする。この点もマチューと似ている。しかし、その結果、高志は前衛党のリンチ事件に巻き込まれて逮捕され心に深い傷を追う(三輪高志がマチューなら、悪とニヒリズムを体現する首猛夫はダニエルか)。これまた現代とのアナロジーでいえば、自我の解放と自由を求める一方で政治にかかわった全共闘世代に当たる。

さて、問題は先行する政治世代の後に登場した三輪与志・矢場徹吾、黒川建吉の世代である。この三人はそろいもそろって人間関係が苦手で自分一人の観念世界に沈潜するオタク・引きこもりである。この意味では彼らは『嘔吐(おうと)』のロカンタン、いやむしろサルトルその人に似ている。たとえばサルトルは軟体動物がなによりも嫌いだったというが、与志も中学生の頃(ころ)、蛸(たこ)を噛(か)んだときから食事をとらなくなる。娘の婚約者のオタクぶりを心配した津田夫人に兄の高志はこう答える。「蛸……軟体動物です。与志は、それから、自身の手を差し出して眺めていましたよ。自身の皮膚も感触悪いものに見えたのでしょうね」

このようにオタクとして三輪与志を捉(とら)えれば、彼が体験した絶望的な孤独感覚、名状しがたい宇宙的な気配への怯(おび)えはにわかに超現代的なものとなる。

彼は材木の置かれた広場や黄ばんだ枯草が斑(まだ)らに残っている傾斜地で一人遊んでいることのみを好んだ陰気な少年に違いなかった。そして、如何(いか)になだめすかしても、彼を締めつける気配について、彼は何事をも説明し得なかった。(中略)少年にそぐわぬ瞑想(めいそう)的な顔付をした彼は自身をひたすら掘った。(中略)それは、怯えやすい少年の魂をもっていた彼にとって一種の自覚の機縁をなしていたばかりでなく、こうした謂(い)わば宇宙的な気配の怯えなくしては、自身自体があり得ぬとすら思われる貴重なものであった。

そのオタク少年の宇宙的怯えは与志が成長するに及んで哲学的な思考のかたちを取るに至る。「《俺は――》と呟(つぶや)きはじめた彼は、《――俺である》と呟きつづけることがどうしても出来なかったのである」。これが有名な「自同律の不快」である。「おお、私は私である、という表白は、如何に怖(おそ)ろしく忌まわしい不快に支えられていることだろう! この私とその私の間に開いた深淵(しんえん)は、如何に目眩(くら)むような深さと拡(ひろ)がりを持っていることだろう」。この一節は現代のオタク・引きこもりの心の奥底に届く言葉にちがいない。

では、三輪与志が最終的にたどりついた概念「虚体」とは? バーチャル・リアリティであると考えるのが一番分かりやすいのではないか? いまこそ『死霊』が本当の意味で読まれるべき時が来ているのではなかろうか?
死霊  / 埴谷 雄高
死霊
  • 著者:埴谷 雄高
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(432ページ)
  • 発売日:2003-02-10
  • ISBN:4061983210
内容紹介:
晩夏酷暑の或る日、郊外の風癲病院の門をひとりの青年がくぐる。青年の名は三輪与志、当病院の若き精神病医と自己意識の飛躍をめぐって議論になり、真向う対立する。三輪与志の渇し求める"虚体"とは何か。三輪家四兄弟がそれぞれのめざす窮極の"革命"を語る『死霊』の世界。全宇宙における"存在"の秘密を生涯かけて追究した傑作。序曲にあたる一章から三章までを収録。日本文学大賞受賞。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2009年12月6日

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