書評

『男のイメージ―男性性の創造と近代社会』(作品社)

  • 2017/08/25
男のイメージ―男性性の創造と近代社会 / ジョージ・L. モッセ
男のイメージ―男性性の創造と近代社会
  • 著者:ジョージ・L. モッセ
  • 翻訳:細谷実,海妻径子,小玉亮子
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(337ページ)
  • 発売日:2005-03-01
  • ISBN-10:4861820146
  • ISBN-13:978-4861820144
内容紹介:
"男らしさ"の近現代史。騎士道、ヴィンケルマンによるギリシア礼讃から近代体操の発明、そしてナチスによるユダヤ人・同性愛者迫害を経て、第二次大戦後の大衆文化へ。近代社会の成立から20世紀末までを射程に、ナショナリズムの主要素としての"男らしさ"のイデオロギーを解明した、歴史家モッセの晩年の傑作。
男らしさについてはこれまでにも多くの本があった。しかし、いずれも解体されるべき神話として批判するか、あるいはその表象特徴に注目したものだ。本書は西欧と中欧において、男らしさのステレオタイプがどのように出来上がったかを扱っている。この視点からの論考は珍しく、引用された資料も特色のあるものばかりだ。

男性性の創造ならびにその意味作用については、主に政治権力との距離において考察された。ここでいう男性性とは、体格や容貌といった視覚的な特徴だけではない。強い意志や行動力や自己抑制力など、高い精神性も含められている。

男らしさは時代の要請に応じて登場し、秩序と発展など近代社会の必要性にも合致している。現代社会で共有されている理想的な男性像は十八世紀の後半に作りあげられた。意外なことに、近代科学も男らしさの創造にかかわっていた。十八世紀の啓蒙王義によって、精神と身体が一体であるという考え方が広まり、目鼻の形や体型など身体的な特徴から人間の内面を推定することが流行るようになった、人相学だけではない。人類学、近代医学も身体構造の分析から、性格判断を導き出そうとした。十九世紀末、頽廃の美学が現れると、科学者たちは医学的な見地から男らしくない表徴を人類の「退化」として非難した。男らしさは一見きわめて主観的な観念で、おもに文学的な感受性に由来するものだと考えられがちだ。近代科学も男性性のイメージの流通にかかわっていたことは、これまでほとんど知られていない、男らしさを論じるのに、医者たちの発言に注目したのは優れた発想だ。

体操の役割についての考察にも目を引くものがある。近代的な男性美は、ギリシャ彫像の美の再発見によって見いだされたが、それを達成する方法として運動競技が提唱された。近代的な体操の成立過程についての検証は詳細で興味深い。鍛えられた美しい身体に高貴な魂が宿るという考え方は、意志と勇気が男らしさの現れだとする観念を補強し、後に軍人精神や英雄主義といった徳目を生み出した。一見、関連のない観念は、男のイメージの歴史的な軌跡をトレースすることによって、互いにつながるものになった。

男らしさの理想がどのように道徳的な実践から、政治にかかわるものへと変質したかは、時代に沿って読み解かれている、自己犠牲や忍耐の精神、勇気や冷静といった資質は、学校や軍隊組織のみならず、社会的、政治的団体によっても制度化された。

ナショナリズムと結合するとき、男らしさの理想は前者の力強い基盤となる。「愛国」という印籠を手にすると、ナショナリズムの攻撃性と感受性のなさは、領土内においてむしろ男性美として格好良く見える。その仕組みの解明は深い意味があるであろう。

以前に比べて、男らしさは規範としての力が弱まった。だが、それはただちに男性性の無効を意味するものではない。現代社会はステレオタイプに大きな柔軟性を与えることで、男らしさの規範を存続させている、と著者はいう。今日の状況についての分析にも、耳を傾けるべき知見は少なくない。

男のイメージを論じる書物ながら、近代ヨーロッパの精神史としても読める。この二百年来、欧州の人々は何を経験し、男らしさの理想は何をもたらしたか。将来を展望する上で、数々のヒントと重要なメッセージが隠されているような気がした。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

男のイメージ―男性性の創造と近代社会 / ジョージ・L. モッセ
男のイメージ―男性性の創造と近代社会
  • 著者:ジョージ・L. モッセ
  • 翻訳:細谷実,海妻径子,小玉亮子
  • 出版社:作品社
  • 装丁:単行本(337ページ)
  • 発売日:2005-03-01
  • ISBN-10:4861820146
  • ISBN-13:978-4861820144
内容紹介:
"男らしさ"の近現代史。騎士道、ヴィンケルマンによるギリシア礼讃から近代体操の発明、そしてナチスによるユダヤ人・同性愛者迫害を経て、第二次大戦後の大衆文化へ。近代社会の成立から20世紀末までを射程に、ナショナリズムの主要素としての"男らしさ"のイデオロギーを解明した、歴史家モッセの晩年の傑作。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2005年5月15日

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