書評

『銭湯の女神』(文藝春秋)

  • 2017/09/28
銭湯の女神 / 星野 博美
銭湯の女神
  • 著者:星野 博美
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(283ページ)
  • ISBN:4167656884
内容紹介:
三十を過ぎてから銭湯通いなんて、十年前には考えてもいなかった 。いとしい香港から戻ってみれば、異和感のなかに生きる私がいた。銭湯とファミレスから透視した、「東京」をめぐる39の名エッセイ
女性誌や広告の世界で幅をきかせている言葉の数かず――「ほんとうの私」「自然体で生きる」「ワンランク上の女になる」などにウンザリしている人には『銭湯の女神』(文藝春秋)をぜひ読んでもらいたい。

三十過ぎて一人暮らしを始め銭湯に通う著者に言わせれば「銭湯で体を洗う人々を眺めていると、『自分らしく生きる』とか『私らしさ』という言葉に笑ってしまいたくなる。人間は生きているだけでどうしようもなく個性的だ」というのだから。

女性誌や広告の世界とはまったく違った所から、ほとんど正反対の所から、この世の中を、自分を、みつめている。

銭湯の話ばかりではない。ファミリーレストラン、一〇〇円ショップ、ゴミ出し問題、インターネット……などについて語った三十九のエッセー集だ。あくまでも重心低く、具体的な事柄を題材としながら、どれもカツンと手ごたえのある文明批評になっている。

その中で私が最も感動を持って読んだのは「一〇〇円の重み」という章だ。著者は日本人の高級ブランド熱に違和感を持っているが、一〇〇円ショップにも奇妙な「うしろめたさ」を抱いている、「物には最低限の価値というものがあり、その価値は自分で金を払って覚えていくものである」一○○円ショップはいうなれば、あらかじめ邪険にされる運命を負わされた悲しい商品の墓場である」

ある日、一〇〇円ショップでプラスチック製の健康青竹を買って、実家に持って行くと、長年町工場(鋳物業)を経営していた父親は「これ、型を作るのは大変なんだ」「これが一〇〇円だったら、型を作った奴には一体いくら入るんだろう」と眩き、それだけだったが、結局一度も青竹を踏まなかった――。

著者はそういう父親の行動に注目し、深く何かを感じ取らずにいられない人間なのだ。私はそういう著者の感受性を信頼する。「日本人は下品になったというより鈍感になったのだ」という言葉もみごとだ。

【この書評が収録されている書籍】
アメーバのように。私の本棚  / 中野 翠
アメーバのように。私の本棚
  • 著者:中野 翠
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:文庫(525ページ)
  • 発売日:2010-03-12
  • ISBN:4480426906
内容紹介:
世の中どう変わろうと、読み継がれていって欲しい本を熱く紹介。ここ20年間に書いた書評から選んだ「ベスト・オブ・中野書評」。文庫オリジナルの偏愛中野文学館。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

銭湯の女神 / 星野 博美
銭湯の女神
  • 著者:星野 博美
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:文庫(283ページ)
  • ISBN:4167656884
内容紹介:
三十を過ぎてから銭湯通いなんて、十年前には考えてもいなかった 。いとしい香港から戻ってみれば、異和感のなかに生きる私がいた。銭湯とファミレスから透視した、「東京」をめぐる39の名エッセイ

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2001年12月16日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

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