書評

『日本 権力構造の謎』(早川書房)

  • 2017/08/30
日本 権力構造の謎〈上〉 / カレル・ヴァン ウォルフレン
日本 権力構造の謎〈上〉
  • 著者:カレル・ヴァン ウォルフレン
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(500ページ)
  • 発売日:1994-04-01
  • ISBN-10:4150501777
  • ISBN-13:978-4150501778
内容紹介:
人脈、金脈、話のすりかえ、慈悲深い“お上”と従順な国民―外国人が頭をかかえる日本〈システム〉の“謎”に“リビジョニスト(日本見直し論者)”が鋭く迫る。
これほど本格的な日本論は、めったにないだろう。日本という、外部からは想像を絶する社会の謎を、解明せずにおかないという執念が、周到な筆致のすみずみにみなぎっている。

日本は〈システム〉の支配する国であるー要約すれば、それが本書の主張だ。

ここで〈システム〉とは、いわゆる西欧的な主権国家と似ても似つかないもの。自分の都合で勝手に動きまわる権力のさまざまな構成要素(高級官僚や自民党の派閥や財界や、農協や警察やマスコミや暴力団や……)の、人脈や金脈で複雑に絡まりあった全体のことなのだ。ただし〈システム〉には、意思決定の頂点(責任主体)が欠けている。そのため自分自身をコントロールできない。ここからさまざまな問題が生じてくる。

日本の戦後民主主義は、見かけ上、憲法をいただき法の支配に服している。いちおうは成熟した市民社会であるかのような印象を与えてきた。しかし、その内実はまったく違ったものだ。法によって互いを律する人びとを、市民という。だが、日本社会のいたるところには〈システム〉の不定形な権力が作用していて、それが人びとの行動を左右してしまう。

《〈システム〉は政治的責任感の発達した、自立した市民の存在を許し得ない》のである(下二八四頁)。

本書は日本社会の権力構造を、極めて正確にえぐりだす。

これは、すばらしい業績である。そして私には、二重の意味で衝撃だった。ひとつは、自分の生きる社会がこれほどにも、世界的な規準に照らして常軌を逸した社会であるという事実。そうだろうとわかってはいたが、ここまで改めてはっきりのべられると、さすがに考えこんでしまう。もうひとつは、それを指摘したのが、日本の社会科学者でなかったという痛恨。著者の指摘するとおり、これは、日本の社会科学が〈システム〉にとりこまれ、見るべきものを見ず、言うべきことを言えないでいるからではないか。

本書を、悪意に満ちた日本批判の書、と受け取る向きもあるらしい。あるいは、「日本見直し論者(リビジョニスト)」と評してすませる人びともいる。そういうことでは全然ない。冷静に読めば、著者が公平に、日本について細大もらさず客観的な像を描こうとしていることはすぐわかるし、分析の対象である日本に、なみなみならぬ知的好奇心、いや、一種の愛着さえも抱いていることが理解できるはずである。

〈システム〉は、日本の「管理者(アドニミニストレーター)」たちの、きめ細かな統制によって機能している。統制とは、言葉を変えれば、法の形をとらない微細な権力にほかならない。〈システム〉は、日本に特有な働き方をする権力の装置なのだ。日本人は不断にこの種の、正当に理由づけられることのない権力にさらされている。これこそ、日本人の悲惨の正体である。

ところでこの〈システム〉は、どのように形づくられたのか?

システムが、戦前~戦中の、統制経済に起源をもつ、というのが本書の最も重大な指摘である。この指摘が正しければ、戦前~戦中とは断絶したところから出発したという戦後社会のこれまでの捉え方を、根底からくつがえすことになる。

本書の十四章、「支配力強化の一世紀」は、特に説得力がある。この章は、戦前の経済統制を主導した、主に内務省の官僚たちが、どのようにして戦後の〈システム〉を牛耳るに至ったかを、実名のレヴェルで克明に追尾している。経済統制に辣腕をふるった革新官僚、思想統制に従事した警察(特高)官僚の多くが、戦後に生き延びて、今日の〈システム〉の基礎をつくった。財閥を解体した占領軍は、彼らに経済統制の機会を提供し、意図せずして〈システム〉の形成に手を貸すことになってしまった。

では、我々は〈システム〉の呪縛を脱出できるのであろうか?

〈システム〉とは、日本人の行動パターンの集積である。それは、権力の産物であり、《究極的には政治的関係によって決められる》(下三一七頁)。だから、原理的には、〈システム〉は変わりうる、と著者も認める。けれども、現実問題として、それはむずかしい。もっともありそうなのは、《西側世界、ことにアメリカと、なんらかの暫定的妥協を図り、〈システム〉がなんとかお茶を濁しながら生きつづける形であろう。……〈システム〉が真の近代的国家にな……るには、正真正銘の革命にも等しい権力の再編成が必要》(下三一九頁)なのだ。

ところで、そもそもなぜ私が社会学を始めたかと言えば、日本の〈システム〉に対する大きな違和感を感じたためだった。私なりに、日本社会の正体を突きとめたかった。私ひとりで〈システム〉を改造することはできないが、改造すべきであるという必然を示すことはできるかもしれない。社会のことなら何でも考えてよいという、もっとも曖昧なジャンルである社会学は、だから手頃な入口だった。

私がためらいなく全共闘を支持したのも、①社共や戦後知識人には問題解決の能力がない、②東大を解体すべきである、という彼らの主張を、直観的に正しいと思ったからである。この二点が正しかったことは、最近ますます明らかになっている。ウォルフレンの処方箋も似たようなものである。《理想的には、どうすればよいのだろう? 手始めに東大を廃校にする必要があろう。……》(下三一七頁)

だから本書は、ほんとうは日本人によって書かれるのが、いちばんよかったのである。

著者の描き出す〈システム〉のあり方は、戦後すぐに「超国家主義の論理と心理」を著し、戦争指導の「無責任体制」を分析した丸山眞男が明らかにしたのと、そんなに違わない。けれども丸山はその後〈システム〉がますます強力となって、戦後日本社会の隅々までをもいつくすようになろうとは考えなかった。それらしい気配にも、目をつぶった。だから日本の学者は、戦後社会が〈システム〉に支配されているというテーゼを、本気で実証しようとは誰も思わなかった。

本書は論駁しようとしても、それは無理だろう。まず、本書の議論には、きちんとしたデータの裏付けがある。しかも、その仮説ー〈システム〉が日本を支配しているーは、きわめて妥当なものだ。論理的にも一貫していて、日本社会の診断学として、まことに的をえている。現在、十四カ国で翻訳が進められているそうだが、本書が、現代の日本を知るために、まず最初に読むべき定番の一冊となっていくことは疑いない。



では、本書を受けて、我々は何に手をつければいいのか?

本書は、診断学であっても、日本改造計画ではない。日本をこれからどのような社会に作りかえていくかは、日本人である我々の選択にかかっている。本書で著者がわずかに示唆している改造の道筋(東大廃校、弁護士の大量養成、最高裁事務総局の改組、教育改革、……)は、あまりに大ざっぱで、プランの体裁をなしていない。著者や米国政府がもうちょっとまともな改造プランを作ってしまう前に(作るに決まっている)、急いで我々なりの具体的なプランを考える必要がある。

本書の分析が正しければ、日本と国際社会との衝突は不可避である。《日本の〈システム〉と、それ以外の国際的自由貿易体系とは相容れない》(下三一五頁)。なぜなら現在の〈システム〉は、とどまることを知らない経済成長とシェアの拡大を至上命令としていて、それを誰もコントロールできないからである。だから〈システム〉は「外圧」を利用して、軌道の微修正をはかっているのだが、そろそろそれではどうしようもない段階にさしかかってきた。

ウォルフレンも指摘しているが、〈システム〉の本質は、権力なのである。だからやはり、急所は政治改革にある。社会党対自民党という、選択とは程遠い選択の構図を突き崩して、日本の市民が、自分たちの選択性を積極的に表現できる制度的な回路を切り開くこと。ここが急所だ、と私は睨んでいる。我々がどれだけ、〈システム〉の呪縛から解き放たれるかに、世界史の今後も左右されさえするのだ。

【この書評が収録されている書籍】
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 / 橋爪 大三郎
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003
  • 著者:橋爪 大三郎
  • 出版社:海鳥社
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • ISBN-10:4874155421
  • ISBN-13:978-4874155424
内容紹介:
1980年代、現代思想ブームの渦中に登場以来、国内外の動向・思潮を客観的に見据えた著作と発言で論壇をリードしてきた橋爪大三郎が、20年間にわたり執筆した書評を初めて集成。明快な思考で知られる著者による、書評の最良の教科書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

日本 権力構造の謎〈上〉 / カレル・ヴァン ウォルフレン
日本 権力構造の謎〈上〉
  • 著者:カレル・ヴァン ウォルフレン
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(500ページ)
  • 発売日:1994-04-01
  • ISBN-10:4150501777
  • ISBN-13:978-4150501778
内容紹介:
人脈、金脈、話のすりかえ、慈悲深い“お上”と従順な国民―外国人が頭をかかえる日本〈システム〉の“謎”に“リビジョニスト(日本見直し論者)”が鋭く迫る。

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よむ 1991年8月

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