書評

『母型論』(思潮社)

  • 2017/08/31
母型論 / 吉本 隆明
母型論
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(263ページ)
  • ISBN-10:4783716196
  • ISBN-13:978-4783716198
内容紹介:
言語にとって美とはなにか/心的現象論/共同幻想論。このもっとも重要な三つの仕事をひとつに総合して捉え直す。吉本理論の中心をなす到達点と新たな出発点を世界史的視点から大きく開示する。
『マリ・クレール』ほかに連載された文章の集成。「母型論」から「原了解論」まで十三の論文が並ぶ。

本書の大きなモチーフは日本(ヤポネシア)の固有性を、周辺地域や地球大に拡がる人種系統・文化伝播の網の目のなかに置き直し、世界性に解消しようということ。起源を尋ねようとする強烈な意志が本書を貫いている。発生学、精神分析、言語学、文化人類学、遺伝子研究、古代歌謡の考察など様々な分析的手法によって、歴史以前に遡る日本人の集合的無意識が掘り下げられ、そこから、日本人が「アイヌ人」、「沖縄人」、「渡来者」とどのような交錯・分岐の関係にあるかのおぼろげなイメージが浮かびあがってくる。

本書が、吉本氏の『共同幻想論』『心的現象論』をひき継ぐ仕事なのは明らかだ。そこで考えてみたいのは、いま起源にこだわることの意味は何か?

冷戦時代のマルクス主義・左翼思想は、未来に向かって日本を世界に開くという希望を広めた。それが退潮したあと、日本は単なる世界のなかの異質な文化となって孤立し、閉塞している。オウムのような、文化伝統や歴史をまったく踏まえない集団が現れたのも、そうした閉塞のなせるわざだった。そんななか吉本氏が、過去に向かって日本を世界に開こうとしているのは、九〇年代の緊急な課題という意味がある。

日本をその世界性においてとらえ直す。それは大切だ。ただしそれは「起源」(母型)でなければだめなのか? 《「母」系優位の初期社会が……男女の性交……と「母」の受胎、妊娠、出産との……関係……を認知できないところから由来している》(一一八頁)といった前世紀の人類学流の主張に、私はついて行けない。性交の否定は無知でなく、われわれの社会と同様に複雑な初期社会の「イデオロギー」の産物だと思うからである。

必ずしも「起源」にこだわらず、時間・空間のなかを多方向にたどることで、日本文化の世界性を新たに探り直していくこと。私は本書から、そんな課題を受け取った。

【この書評が収録されている書籍】
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003 / 橋爪 大三郎
書評のおしごと―Book Reviews 1983‐2003
  • 著者:橋爪 大三郎
  • 出版社:海鳥社
  • 装丁:単行本(382ページ)
  • ISBN-10:4874155421
  • ISBN-13:978-4874155424
内容紹介:
1980年代、現代思想ブームの渦中に登場以来、国内外の動向・思潮を客観的に見据えた著作と発言で論壇をリードしてきた橋爪大三郎が、20年間にわたり執筆した書評を初めて集成。明快な思考で知られる著者による、書評の最良の教科書。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

母型論 / 吉本 隆明
母型論
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:思潮社
  • 装丁:単行本(263ページ)
  • ISBN-10:4783716196
  • ISBN-13:978-4783716198
内容紹介:
言語にとって美とはなにか/心的現象論/共同幻想論。このもっとも重要な三つの仕事をひとつに総合して捉え直す。吉本理論の中心をなす到達点と新たな出発点を世界史的視点から大きく開示する。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 1995年12月17日

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
橋爪 大三郎の書評/解説/選評
ページトップへ