コラム

西欧中世の死後の世界『煉獄の誕生』『中世とは何か』

  • 2017/07/20

ル=ゴフ『煉獄の誕生』と『中世とは何か』

たしかノースロップ・フライがブレイク論のなかで指摘していたことだが、フランス革命にはじまるヨーロッパの動乱の時代、人々の世界イメージに大きな変化が生じた。ごく一般的に言って、天国は空の彼方にあり、地獄は地の底深くにあると信じられていた。われわれ人間の世界がこの地上に存在するのに対し、天国は上の方に、地獄は下の方にある。この場合、上と下というのは、単に空間的な位置関係を示すだけではなく、象徴的な価値体系の表現でもある。つまり上方は善の世界、下方は悪の世界というわけである。復活後のキリストの昇天のイメージや、ダンテの『神曲』に見られるような地獄下りの物語が、人々の心のなかで、この上下方向の相反する価値付与の意識を支え、強めたことは言うまでもない。

ところが、自然科学の発達によって、人間の住む地球が無限の宇宙のなかに浮かぶひとつの球体に過ぎないことが明らかになると、この上下の価値体系は成立し難くなる。上と下と言っても、地球の反対側に住む人にとっては、その方向性は逆になる。しかもいずれにしても、どこまで昇っても無数の星たちが巡る宇宙空間があるだけで、天国の存在する余地は考えにくい。上下の方向性に基く価値体系は、次第に崩壊せざるを得ない。

それに代って新たにクローズアップされて来たのは、人間の内面世界である。善なるもの、真なるもの、すなわち至高の価値のあるべき場は、万有引力の法則によって支配されるこの宇宙のどこかではなく、個人の心のなか、心情の世界、魂の領域へと移った。革命の時代とほぼ同じ時期に登場したロマン主義が、この新しい価値体系の担い手であった。ルソーの『告白』から始まって、ヴァッケンローダーの『芸術を愛する一修道僧の真情の披瀝』、ミュッセの『世紀児の告白』、ボードレールの『赤裸のわが心』など、多くの告白文学が生まれたことが、そのことをよく物語っている。このように、価値の空間表象が「上と下」から「内と外」へと移行したことは、心性の歴史における大きな転換である。それは「近代」の重要な指標のひとつと言うべきであろう。

天国と地獄というのは、言うまでもなく死後の世界の話である、それは世界の終りという終末観と結びついた西欧キリスト教の思考のなかで形成された。すなわち、終末の日には死者はすべて甦って神の裁きを受ける。そして選ばれた者は天に昇って天国に入り、呪われた者は地獄に落とされる。つまり善と悪とが上と下に振り分けられるのである。このような空間表象は、本質的にキリスト教世界の産物と言ってよい。

日本の神話の世界では、死者の行く黄泉の国は、地上世界とつながった比較的身近なところにある。仏教が導入されてからは極楽浄土の観念が支配的になるが、これも西の方に、つまり水平方向にイメージされる。西欧世界に大きな遺産を残した古代ギリシャにおいても、死んだ妻エウリディケを求めて冥府に赴くオルフェウスの物語や、一年のうち半分は地上で、半分は冥府で暮らすプロセルピーナの神話に見られるように、死者の国は地上世界とつながっている、方向性の持つ象徴的価値という点から言うなら、上と下よりも右と左の二項対立の観念の方が強い。この考え方は、キリスト教世界にも受け継がれて、中世に数多く作られた「最後の審判」 において、選ばれた者はつねに神の右側に、呪われた者は必ず神の左側に位置するという構図が定着した(英語の right が「右」と同時に「正しい」を意味するのは、その名残である)。しかしそれと同時に、それぞれ上方と下方という方向性がつけ加えられたのである。フランスの中世史家ジャック・ル=ゴフも、このことを次のように述べている。

(次ページに続く)
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大航海(終刊) 2005年7月

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