書評

村上 陽一郎「2024年 この3冊」毎日新聞|青野由利『脳を開けても心はなかった 正統派科学者が意識研究に走るわけ』(築地書館) 、村田純一、渡辺恒夫『心の哲学史』(講談社)、アシル・ムベンベ『黒人理性批判』(講談社)

  • 2025/01/23

2024年「この3冊」

<1>『脳を開けても心はなかった 正統派科学者が意識研究に走るわけ』青野由利著(築地書館)

<2>『心の哲学史』村田純一、渡辺恒夫編(講談社)

<3>『黒人理性批判』アシル・ムベンベ著(講談社)


<1>と<2>はアプローチの方法はまるで違うが、主題に共通点がある。デカルトが、物と心の存在様式の根本的差を、見事に明確化して後、心の学問的追究の現場は、専ら心理学が担い、自然科学は物の振る舞いだけを追求し、心には立ち入らないはずだったが、その科学も、現代では脳科学をはじめ、いくつかの領域が、心や意識の解明に関心を示すようになった。<1>は、まさしく現代の科学(者)が心にどう取り組もうとするかを、ジャーナリストの目で鮮やかに捉えて興味深い。

<2>はむしろ科学以外の立場でのアプローチを、研究者の立場で振り返った論集として、珍しい成果となった。

<3>は、およそ異った世界だが、カメルーン出身の著者が、自らの思想形成の状況を語った、我々にはとかく未知(無知)の領域を伝えてくれる稀有の書。

脳を開けても心はなかった: 正統派科学者が意識研究に走るわけ / 青野由利
脳を開けても心はなかった: 正統派科学者が意識研究に走るわけ
  • 著者:青野由利
  • 出版社:築地書館
  • 装丁:単行本(280ページ)
  • 発売日:2024-02-13
  • ISBN-10:480671660X
  • ISBN-13:978-4806716600
内容紹介:
分子生物学、脳科学、量子論、複雑系、哲学、さらに最先端のAIまで、意識研究の過去から近未来までを展望。「意識」に代表される生命現象のすべては、物質レベルで説明できるのか。意識研… もっと読む
分子生物学、脳科学、量子論、複雑系、哲学、さらに最先端のAIまで、
意識研究の過去から近未来までを展望。

「意識」に代表される生命現象のすべては、物質レベルで説明できるのか。
意識研究に挑んできた世界の天才・秀才科学者たちの心の内を、
日本を代表する科学ジャーナリストがインタビューや資料から読み解く。

ノーベル賞科学者に代表される正統派科学者が、脳と心の問題にハマるのははぜか。
その理由から浮き彫りになる現代最先端科学の光と影。

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心の哲学史 / 村田 純一
心の哲学史
  • 著者:村田 純一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(656ページ)
  • 発売日:2024-11-14
  • ISBN-10:4065235227
  • ISBN-13:978-4065235225
内容紹介:
心の哲学史の始まり
心の科学・心の哲学・身体の現象学
認知システムと発達の理論展開
心理学の哲学を基礎づけたもの
認知神経科学と現象学
心理的なるものを超えた心理学

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黒人理性批判 / アシル・ムベンベ
黒人理性批判
  • 著者:アシル・ムベンベ
  • 翻訳:宇野 邦一
  • 出版社:講談社
  • 装丁:単行本(344ページ)
  • 発売日:2024-11-14
  • ISBN-10:4065377935
  • ISBN-13:978-4065377932
内容紹介:
「黒人」の歴史は奴隷制や植民地の過去と切り離すことができない。1957年にカメルーンに生まれ、フランスやアメリカで学んだアシル・ムベンベ(Achille Mbembe)は、主著となる本書(2013年)を「… もっと読む
「黒人」の歴史は奴隷制や植民地の過去と切り離すことができない。1957年にカメルーンに生まれ、フランスやアメリカで学んだアシル・ムベンベ(Achille Mbembe)は、主著となる本書(2013年)を「世界が黒人になること」と題された「序」から始めた。それは、奴隷制や植民地が特定の人種に限られたものではないこと、そしてすでに過去のものとなった事態ではないことを冒頭で宣言することを意味している。新たな奴隷制や植民地、そして人種差別は形を変えて席捲しうるし、現にしている。それを可能にする構造が今の世界にはある、ということにほかならない。
だからこそ、不幸や苦痛、弾圧や収奪の歴史だった「黒人」の歴史を知り、共有しなければならない。そのとき「黒人」には新たな意味が与えられる。著者は言う。「途上にある者、旅に出ようとしている者、断絶と異質性を経験する者の形象として、「黒人」を新たに想像しなければならない。しかし、この行路と大移動の経験が意味をもつためには、アフリカに本質的な役割を与えなければならない。この経験は私たちをアフリカに回帰させ、または少なくともアフリカというこの世界の分身を通じて方向転換しなければならない」。
アフリカから到来する何か、「黒人」から到来する何かにこそ、悲惨にあふれ、いや増すことを予感するしかない現在の世界を普遍的に、そして原理的に転換する可能性はある。歴史的事実を踏まえつつその意味を明らかにした本書は、エドゥアール・グリッサンの言葉を借りるなら〈全-世界〉に向けられる希望の書である。

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毎日新聞

毎日新聞 2024年12月21日

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