コラム

沼野 充義「2024年 この3冊」毎日新聞|小林エリカ著『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋)、奈倉有里著『ロシア文学の教室』(文藝春秋)、アイザック・B・シンガー著『モスカット一族』(未知谷)

  • 2025/02/01

2024年「この3冊」

<1>小林エリカ著『女の子たち風船爆弾をつくる』(文藝春秋)

<2>奈倉有里著『ロシア文学の教室』(文藝春秋)

<3>アイザック・B・シンガー著『モスカット一族』(未知谷)


<1>太平洋戦争末期に日本では少女たちが勤労動員され、アメリカを攻撃する「風船爆弾」を作らされた。小林さんはこの半ば忘れられた史実を掘り起こし、数多くの「わたし」と「わたしたち」の響き交わす圧倒的な叙事詩を書き上げた。「小説にこんなことができるのか!」という驚き。

<2>まったく新しいロシア文学入門書。学生たちは魔法のような授業を通じて、作品世界に入り込む。同時にこれはみずみずしい青春小説でもある。文学へのピュアな愛に貫かれた一冊。私も学生時代にこういう授業を受けたかった!

<3>二〇世紀前半のワルシャワを舞台に、多くの個性的な登場人物が交錯し、失われたユダヤ人社会が生き生きと蘇る。シンガーという稀有の「語り部」の真骨頂。九百ページ近い大作を日本の読者に初めて届けた訳者の快挙を称えたい。

女の子たち風船爆弾をつくる / 小林 エリカ
女の子たち風船爆弾をつくる
  • 著者:小林 エリカ
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(400ページ)
  • 発売日:2024-05-15
  • ISBN-10:4163918353
  • ISBN-13:978-4163918358
内容紹介:
日露戦争30周年に日本が沸いた春、その女の子たちは小学校に上がった。できたばかりの東京宝塚劇場の、華やかな少女歌劇団の公演に、彼女たちは夢中になった。彼女たちはウールのフリル付きの… もっと読む
日露戦争30周年に日本が沸いた春、その女の子たちは小学校に上がった。できたばかりの東京宝塚劇場の、華やかな少女歌劇団の公演に、彼女たちは夢中になった。彼女たちはウールのフリル付きの大きすぎるワンピースを着る、市電の走る大通りをスキップでわたる、家族でクリスマスのお祝いをする。しかし、少しずつ、でも確実に聞こえ始めたのは戦争の足音。冬のある日、軍服に軍刀と銃を持った兵隊が学校にやってきて、反乱軍が街を占拠したことを告げる。やがて、戦争が始まり、彼女たちの生活は少しずつ変わっていく。来るはずのオリンピックは来ず、憧れていた制服は国民服に取ってかわられ、夏休みには勤労奉仕をすることになった。それでも毎年、春は来て、彼女たちはひとつ大人になる。
ある時、彼女たちは東京宝塚劇場に集められる。いや、ここはもはや劇場ではない、中外火工品株式会社日比谷第一工場だ。彼女たちは今日からここで、「ふ」、すなわち風船爆弾の製造に従事する……。

膨大な記録や取材から掬い上げた無数の「彼女たちの声」を、ポエティックな長篇に織り上げた意欲作。

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ロシア文学の教室 / 奈倉 有里
ロシア文学の教室
  • 著者:奈倉 有里
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:新書(384ページ)
  • 発売日:2024-05-17
  • ISBN-10:4166614576
  • ISBN-13:978-4166614578
内容紹介:
青春小説にして異色のロシア文学入門!「この授業では、あなたという読者を主体とし、ロシア文学を素材として体験することによって、社会とは、愛とは何かを考えます」山を思わせる初老の教… もっと読む
青春小説にして異色のロシア文学入門!


「この授業では、あなたという読者を主体とし、ロシア文学を素材として体験することによって、社会とは、愛とは何かを考えます」
山を思わせる初老の教授が、学生たちをいっぷう変わった「体験型」の授業へといざなう。

小説を読み出すと没頭して周りが見えなくなる湯浦葵(ゆうら・あおい)、
中性的でミステリアス、洞察力の光る新名翠(にいな・みどり)、発言に躊躇のない天才型の入谷陸(いりや・りく)。「ユーラ、ニーナ、イリヤ」と呼ばれる三人が参加する授業で取り上げられるのは、ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』、ドストエフスキー『白夜』、トルストイ『復活』など才能が花開いた19世紀のロシア文学だ。

社会とはなにか、愛とはなにか?
この戦争の時代を考えるよすがをロシア文学者・翻訳者の著者が真摯に描く
「ロシア文学の教室」。

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◎目次(シラバス)

第1講 大通りの幻
ニコライ・ゴーゴリ『ネフスキイ大通り』
第2講 仄暗い森のなか
アレクサンドル・プーシキン『盗賊の兄弟』と抒情詩
第3講 孤独な心のひらきかた
フョードル・ドストエフスキー『白夜』
第4講 距離を越える声
アレクサンドル・ゲルツェン『向こう岸から』
第5講 悪魔とロマンティック
ミハイル・レーモンルトフ『悪魔』
第6講 布団から出たくない
イワン・ゴンチャロフ『オブローモフ』
第7講 恋にめちゃくちゃ弱いニヒリスト
イワン・ツルゲーネフ『父と子』
第8講 土埃に舞う問い
ニコライ・ネクラ―ソフ『ロシヤは誰に住みよいか』
第9講 やり直しのないこの世界
アントン・チェーホフ『初期短編集』
第10講 心の声の多声
マクシム・ゴーリキー『どん底』
第11講 温室の夢
フセーヴォロド・ガルシン「アッタレーア・プリンケプス」
第12講 よみがえるときまで
レフ・トルストイ『復活』

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モスカット一族 / アイザック・バシェヴィス・シンガー
モスカット一族
  • 著者:アイザック・バシェヴィス・シンガー
  • 出版社:未知谷
  • 装丁:単行本(872ページ)
  • 発売日:2024-01-23
  • ISBN-10:4896427173
  • ISBN-13:978-4896427172
内容紹介:
20世紀初頭、ポーランド・ワルシャワ近代化と戦争に揺れるユダヤ人社会実利に聡く独善的で気難しい絶対的な長がいた栄華から三世代を経て、伝統的家族社会は内部から崩壊していく。その間… もっと読む
20世紀初頭、ポーランド・ワルシャワ
近代化と戦争に揺れるユダヤ人社会


実利に聡く独善的で気難しい絶対的な長がいた栄華から三世代を経て、伝統的家族社会は内部から崩壊していく。その間、ポーランド独立回復を目指す数度の蜂起 ロシア革命、第一次世界大戦 独立回復、ポーランド・ソヴィエト戦争、ナチスのポーランド侵攻、第二次世界大戦…

100人以上の登場人物が蠢く、 900頁に迫る大長篇
作品の最高潮は最後のセンテンスに…!
お見事! とうなずくしかない ノーベル文学賞作家の筆力

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毎日新聞

毎日新聞 2024年12月14日

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