書評

『ノリーのおわらない物語』(白水社)

  • 2017/09/20
ノリーのおわらない物語 / ニコルソン・ベイカー
ノリーのおわらない物語
  • 著者:ニコルソン・ベイカー
  • 翻訳:岸本 佐知子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2008-09-01
  • ISBN-10:4560071721
  • ISBN-13:978-4560071724
内容紹介:
九歳のアメリカ人の女の子ノリーは、イギリスの小さな町の小学校に転校する。お話はノリーの視点で語られるが、彼女の使う言葉はいかにも子供らしいおかしな間違いでいっぱいだ。ノリーは正義… もっと読む
九歳のアメリカ人の女の子ノリーは、イギリスの小さな町の小学校に転校する。お話はノリーの視点で語られるが、彼女の使う言葉はいかにも子供らしいおかしな間違いでいっぱいだ。ノリーは正義感が強くて、いじめにあっている女の子を必死でかばったりする。一方彼女はお話を創るのが大好きで、奇天烈な物語を書いて、みんなに読んできかせたりする。かつて子供だった読者は、彼女のおしゃべりを聞きながら「ああ自分もこうだった」と笑いながらうなずいてしまうことだろう。『中二階』『もしもし』の作家が、これまで誰も書けなかった楽しくて可愛くてへんてこな「子供の世界」を生き生きと描く。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

電子顕微鏡的観察眼と憑依力による完全なる子供語り

何十秒かの間に、一人の男の脳裏によぎるさまざまな事柄を、微に入り細をうがつナノテク的描写で綴った究極の心理小説にして脚注小説『中二階』(白水社)、テレフォン・セックスを題材にした前代未聞の電話小説『もしもし』(白水社)などで海外小説ファンに人気が高い作家、ニコルソン・ベイカー。その長篇五作目の語り手は、なんと九歳の女の子なんである。これには意表を突かれたというべきでありましょう。

というのもベイカーといえば、緻密な観察眼による”神は細部に宿る”式の徹底したディテール描写が持ち味なわけで、語彙の乏しいガキが語り手じゃその面白さは到底……と、そんな心配は、すみません、杞憂でした。ベイカーはその電子顕微鏡的観察眼と憑依力によって、完全なる子供語りに成功。で、巷に溢れ返る子供を語り手にした小説が、ぜえーんぶ、大人である作者にとって都合のいい、捏造された子供語りによるものであることを教えてくれるのだ。

アメリカからイギリスに引っ越してきたばかりのノリーが、日々の生活の中で見聞きしたことや感じたこと、考えたことを、転校先の学校での出来事を中心に綴った五十六の短い章。子供の脳内世界は不完全でとりとめもないから、一貫したストーリーが流れているわけではないし、学校と家と、時々家族と訪れる古いお屋敷や聖堂、それが世界のすべてだから何か大事件が起きるわけではない。なのに、というか、だからこそ、ものすごく面白いのだ。話したいことが山ほどあるのに、能力がついていかないから「あのね、あのね」と気持ちばかりが前のめり。話をうまく首尾一貫させることができず、ちょっと不思議な展開になってしまい、背伸びして難しめの言葉を使おうとしちゃ間違って――。キュートな言い間違えがちりばめられたノリーの伸び伸びした語りは、まさに子供そのもので、その語りのリズムに身を任せているうちに、なんというか、自分も子供返りしてしまう、そんなこそばゆい現象が起きてしまうのだ。

お話を作るのが大好きなノリーだからか、「あたし」という一人称ではなく、自分を三人称に見立てる語りになっているのだけれど、それがまた、叙述のアクセントとして効いている。ところどころに挿入されている、ノリーが作った物語内物語も抜群の面白さ。岸本佐知子という良き訳者を得て、ベイカーが創出した子供語りは見事にチャーミングな日本語の子供語りになったというべきだ。ベイカーに豊田正子の『綴方教室』(岩波文庫)を読ませてあげたいなあ。きっと、とても喜ぶと思うんだけど。 

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

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ノリーのおわらない物語 / ニコルソン・ベイカー
ノリーのおわらない物語
  • 著者:ニコルソン・ベイカー
  • 翻訳:岸本 佐知子
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • 発売日:2008-09-01
  • ISBN-10:4560071721
  • ISBN-13:978-4560071724
内容紹介:
九歳のアメリカ人の女の子ノリーは、イギリスの小さな町の小学校に転校する。お話はノリーの視点で語られるが、彼女の使う言葉はいかにも子供らしいおかしな間違いでいっぱいだ。ノリーは正義… もっと読む
九歳のアメリカ人の女の子ノリーは、イギリスの小さな町の小学校に転校する。お話はノリーの視点で語られるが、彼女の使う言葉はいかにも子供らしいおかしな間違いでいっぱいだ。ノリーは正義感が強くて、いじめにあっている女の子を必死でかばったりする。一方彼女はお話を創るのが大好きで、奇天烈な物語を書いて、みんなに読んできかせたりする。かつて子供だった読者は、彼女のおしゃべりを聞きながら「ああ自分もこうだった」と笑いながらうなずいてしまうことだろう。『中二階』『もしもし』の作家が、これまで誰も書けなかった楽しくて可愛くてへんてこな「子供の世界」を生き生きと描く。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2004年8月21日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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