書評

『その名にちなんで』(新潮社)

  • 2017/10/10
その名にちなんで  / ジュンパ・ラヒリ
その名にちなんで
  • 著者:ジュンパ・ラヒリ
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(468ページ)
  • 発売日:2007-10-30
  • ISBN-10:4102142126
  • ISBN-13:978-4102142127
内容紹介:
ゴーゴリ-列車事故から奇跡的に父の命を救った本の著者にちなみ、彼はこう名付けられた。しかし、成長するに従って大きくなる自分の名前への違和感、両親の故郷インドとその文化に対する葛藤、愛しながらも広がってゆく家族との距離。『停電の夜に』でピュリツァー賞などの文学賞を総なめにした気鋭のインド系米人作家が、自らの居場所を模索する若者の姿を描いた待望の初長編。
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

笑いも哀しみも苦い思いも、すべてが温かい

ゴーゴリ大先生@外套も、さぞかし草葉の陰から寿いでおられましょう、『その名にちなんで』という小説の誕生を。これくらいゴーゴリの名が連呼される作品はないんだから。というのも、主人公の名前がゴーゴリなのだ。じゃあ、ロシァ小説なのかといえば、さにあらず、簡単に要約すれば、ベンガルからアメリカに移民してきた夫婦アショケとアシマ、米国生まれの息子ゴーゴリ、娘ソニアの四人家族を中心に、母語が通じない国で自分の居場所を見つけようと頑張りながら、故郷への思いを断ち切ることができない移民第一世代と、アメリカ社会に何の違和感もなく溶け込んでしまえる下の世代間に生じる断絶や葛藤を描いた物語なのである。

さて、これはジュンパ・ラヒリの初長篇作品なんだけれど、移民第二世代代表のゴーゴリが、父祖の歴史や文化、習慣、価値観に初めは反発しながらも、やがて理解し、受け入れる一九六八年から二〇〇〇年までを描いたこの物語は、テーマ性においても語り口においてもキャラクター造型においても、新人らしからぬ巧みの技で小説ファンを瞠目そして活目させたデビュー短篇集『停電の夜に』(新潮社)の集大成といってもいいほど完成度が高い。巧いわ、面白いわ、感動的だわ、可笑しいわで、手に取ったが最後、一気通読の歓びを与えてくれる大変な傑作なのだ。

二つの祖国、二つの言葉、二つの文化、二つの習慣、二つの価値観。その狭間で揺れ動くゴーゴリの成長を、愛称と正式名二つの名前を有するベンガルの習慣をメタファーに描くという、タイトルでも示されているとおりの試みが、まずは素晴らしい。遠くの人に寄せる想いを描く時、その手前に今・此処という近景をおくことで作品に遠近感や奥行きを持たせるというデビュー短篇集でも垣間見せてくれたテクニックを、より大きなテーマと長いスパンに応用させて成功しているのもまたグレート。皆さん、著者近影をご覧なさいまし。この若さと、この美貌に、この才能! トヨザキ感服つかまつり候なんでございます。

もちろん、主人公のキャラも立ちまくり。ゴーゴリという愛称を嫌って、正式名のニキルを名乗るようになる思春期以降の、N・Gという頭文字に象徴される失敗続きの迷走ダメ男ぶりがいとおしいったらありゃしない。笑いも哀しみも苦い思いも、この小説の中ではすべてが温かい。とても長い小説だけれど、最終ページに至ると名残惜しくて、もっとゴーゴリたちの人生につきあっていたいと思わされる、これは終わりのない物語なのだ。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

その名にちなんで  / ジュンパ・ラヒリ
その名にちなんで
  • 著者:ジュンパ・ラヒリ
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(468ページ)
  • 発売日:2007-10-30
  • ISBN-10:4102142126
  • ISBN-13:978-4102142127
内容紹介:
ゴーゴリ-列車事故から奇跡的に父の命を救った本の著者にちなみ、彼はこう名付けられた。しかし、成長するに従って大きくなる自分の名前への違和感、両親の故郷インドとその文化に対する葛藤、愛しながらも広がってゆく家族との距離。『停電の夜に』でピュリツァー賞などの文学賞を総なめにした気鋭のインド系米人作家が、自らの居場所を模索する若者の姿を描いた待望の初長編。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2004年8月7日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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