解説

『最新明解 流行大百科』(光文社)

  • 2017/09/23
最新明解 流行大百科  / 甘糟 りり子
最新明解 流行大百科
  • 著者:甘糟 りり子
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(191ページ)
  • 発売日:1998-12-00
  • ISBN-10:4334727409
  • ISBN-13:978-4334727406
内容紹介:
流行を分析する確かな「眼」―。アイドル犬、親切りする、平綴じな女、おば・ひな、強奪ちゃん、プレ・サレ、ファッションブレーカー、ラウンジング…。これだ!「今」がどんな「時」なのか、独自の分析眼で厳選した120項目を解説、評論。流行現象の裏にあるものは?流行を読み解くキーワードは?21世紀を読み解き、そこで生きるためのガイドブック。

スノッブなければ文化なし

甘糟りり子という名前は雑誌でしばしば見かけ、なかなか歯切れのいい文体の流行ウォッチャーがいるなと思ってはいたのだが、一冊の本となったものを読むのはこれが初めてである。

で、とりあえず感想からいくと、ようやく日本にも、本格的なスノッブが登場してきたかという感慨を禁じえない。誤解のないように言い添えておくと、「スノッブ」というのは、私の場合、最高の賛辞であり、じつに長いあいだその誕生を待ち望んできたものである。なぜなら、スノッブなければ文化なしというのが、私のかねてよりの主張だからである。

では、スノッブとはなんなのか? それは、少々むずかしい言い方をあえてするならば、事物や事象の価値を内在的な絶対性ではなく、外在的な相対性において捉える精神の傾向のことを指す。

たとえば、ある新しいレストランなり新製品が、本当に優れているか否かということはスノッブにとってはまったく問題にならない。問題なのは、それが今までにあったものか否か、なかったとしたら、今後、それが多数派を脅かすような過激な少数派になりうるか否かという一点である。少数派だからいいというのではない、永遠の少数派に対してはスノッブの食指は動かないものだ。それは通人の領域である。

スノッブは、むしろ、未来に向かって開く少数派の味方である。しかし、少数派が多数派に転じようという気配を示したとたんにスノッブはそれを愛さなくなる。たとえ、その少数派が多数派になるだけの実質を備えていようと、そんなことはどうでもいい。多数派になったら、いや、その傾向が出てきただけで、スノッブの愛は冷める、なぜなら、スノッブの愛は、そのもの自体に対して発動されるのではなく、そのものと他のものとの関係性に向かって解き放たれるからである。

かくして、スノビスムとは「関係性への愛」であると定義することができる。そして、関係性しか愛することができないゆえに、いいかえればなにひとつ愛することができないがゆえに、スノッブは永遠の「愛の不毛」を運命づけられている。スノッブは、愛を特定のものにフォーカスすることを禁じられているのだ。もし、ものをもの自体として愛するようになったら、スノッブもおしまいである。スノッブ稼業を廃業しなければならない。このように、スノッブは相当に疲れる稼業であり、なによりもタフな神経を備えていなければやっていけないのだ。これまでどれほど多くの自称スノッブが、なし崩し的に「ものへの愛」を表明し、隠退に追い込まれていったことだろう。

この点、生まれながらの「関係性」の「愛の狩人」である甘糟りり子は意気軒昂である。スノッブ稼業に倦むどころか、スノッブが板についてきて、威厳まで備わってきたような印象を受ける。いまや、彼女が「これが流行だ」と御託宣を下せば、二馬身ほどの距離で追いかけてきているスノッブもどきどもがワッと群がりそうな気配すら出てきた。なによりも、流行の「命名権」を掌握している点が強みだ。おそらく彼女の命名能力は、「関係性」の把握力が強いところに起因しているのだろう。この「命名権」の掌握という事実に鑑みて、私は、彼女に「スーパー・スノッブ」なる名称を進呈したいという誘惑に駆られる。

ただし、それには条件がある。

一つ。文化コンプレックスを持たないこと。スノッブの堕落の第一歩は文化人のおだてに乗ってしまうことである。文化人などという人種はダッセー奴だと思って相手にしないほうがいい。

二つ。適度な露出はいいが、テレビにだけは出ないこと。テレビはすべてを腐らせる。スノッブもこの例外ではない。

三つ。忙しくなりすぎて、取材をアシスタントに任せないこと。スノッブの命は皮膚感覚である。皮膚感覚はデスクになったら消えてしまう。流行予想の外れは天気予報の外れより致命的だ。

もちろん、スノッブであり続けようとする「持続する志」をもった甘糟りり子はこんなことはとうに承知しているにちがいない。そして、日夜、スーパー・スノッブへの道を歩み続けているのだろう。彼女が一九二〇年代のパリ流行通信の発信者、ジャネット・フラナーの日本版になれるか否かはスノッブにどれだけ徹することができるか、この点にかかっている。

【この解説が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN-10:479496496X
  • ISBN-13:978-4794964960
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

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最新明解 流行大百科  / 甘糟 りり子
最新明解 流行大百科
  • 著者:甘糟 りり子
  • 出版社:光文社
  • 装丁:文庫(191ページ)
  • 発売日:1998-12-00
  • ISBN-10:4334727409
  • ISBN-13:978-4334727406
内容紹介:
流行を分析する確かな「眼」―。アイドル犬、親切りする、平綴じな女、おば・ひな、強奪ちゃん、プレ・サレ、ファッションブレーカー、ラウンジング…。これだ!「今」がどんな「時」なのか、独自の分析眼で厳選した120項目を解説、評論。流行現象の裏にあるものは?流行を読み解くキーワードは?21世紀を読み解き、そこで生きるためのガイドブック。

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