書評

『性狂伝』(徳間書店)

  • 2017/09/25
性狂伝 / いその えいたろう
性狂伝
  • 著者:いその えいたろう
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(253ページ)
  • 発売日:1999-08-00
  • ISBN:4198911495
内容紹介:
ソープ通い二十七年、稼いだ金一億円を使い切った七十一歳の現役プレス工。女性性器への墨入れに執念を燃やすSM道三十余年の刺青師。手づくりおむつで男たちをあやし続けて十年、赤ちゃんマニアの女神。エロ漫画家にしてAV俳優兼監督、十四年で千四百人の女斬りを果たした怪優。自ら鶏、鯉とのセックスを楽しみ、金魚、鰻を使って女を泣かせる秘宝館の主…性の風狂者たちの素晴らしき人生哲学を集大成。

性の「質量転換の奇跡」

人生五十年近く生きてきて、さまざまな人間に出会って、その生きざまを観察していると、人間には、どうも「質量転換の法則」とでも呼ぶようなものが存在していると結論せざるをえない。なんのことかといえば、なにごとも「量」をこなさないと、「質」は見えてこないということである。あるいは、「量」のなかにこそ「質」があらわれるといったらいいのか。

人間のもっとも根源的な欲望である「性」においてもまたしかりである。

本書に登場する「性狂」の人々は、例外なく「量」にとりつかれた人間たちである。

四十四歳のときからソープに通い詰めること二十七年、三千回もソープで遊んで、稼いだ生涯賃金一億円を使い切った七十一歳の現役プレス工高庭礼三。

会員数一万人を超えるSMサークルを主催し、女性性器に入れ墨をすることに執念を燃やすSM道三十余年の「女陰刺青狂」長池士。四十一歳のときから、赤ちゃんマニアたちを、手づくりおむつで「あやし」続けて十年、つねに五十人のリピーターをもつに至った「女神」のママ神崎マヤ。

エロ漫画から出発してAV俳優兼監督になり、十四年でトータル千四百人の「女斬り」を果たしながら、私生活では一切、女性との関係をもたないという怪優平口広美。

みずからニワトリ、コイとのセックスを楽しみ、金魚、ウナギを使って女を泣かせたアニマルセックス狂で「性の秘宝館」の主である松野正人。

いずれも、性の偏差の「質」的な度合いよりも、その回数、年月、執念といった「量」で、常人の遠く及ばないような領域にまで到達した人々である。

だが、彼らは、「量」に徹底することで、あるときから、「質」へと突き抜けてしまう。そして、ついには、ある種の「哲学」まで達することになる。

ソープ狂の高庭礼三はいう。

「これだけやりまくっても飽きないのは女が化け物だからだ。オマンコつけた化け物は凄いよ。その化け物がいい、いいと尻をふるからやりつづける。このオレも小さな化け物だからだろう。オレは十六歳からこの年(七十一歳)まで、ずうっと化け物恋しでね。

だって、その化け物の凄さは、子供を生み、そして男を喜ばせるからね。そこが凄い。男なんて一発出すだけ。女のアソコは神様だよ。

オレはいつも終わるとアソコに向かって柏手打って、アリガトウさん、お疲れさんと口に出してお礼をいうよ。

お世話になってお礼をいうのは当たり前だろう」

また、「女陰刺青狂」長池士は最近のSMを批判し、SMの究極は精神性であると結論する。

「人間の奥深いところに解くに解けない因子ちゅうもんがあるんや。本当は山も川も地球に存在するものみんなにあるはずなんや。その解けない因子ちゅうもんは学習せな分からへん。その人の性の流れで、一気に花弁が開くようにある日、ふいに解けることがありますのや。それがSMプレイであったりするもんですわ。(……)

トレンディとか恰好ええとゆうてSMを愉しむ。そんな根性ではSMのほうが可哀そうや。

私は性ちゅうのは、精神性が一番でいかにお互いが想いを重ねたらええか、ここやとおもうんですわ。許し合ってハマりこんだら最高やがな」

もしこうした言葉が、平凡な人間の口から出たら、それは人をシラケさせるだけかもしれない。

だが、とことんセックスを「量」的に極めた人間の口から出た言葉であるだけに、それは哲学を通り越して、「宗教」にまで近づいている。「量」から「質」へと「転換」が行われたとき、そこには、宗教の涅槃(ねはん)の境地にも似たものが待っているのだ。

このことを最も端的に示すのが、赤ちゃんプレイの専門家神崎マヤの言葉だ。

「ケンちゃんという五十二歳の会計事務所経営の紳士は、月に一回、名古屋からやってくるんです。

年齢は二歳設定。まずシクシクと泣くところからスタートでね。ごめんね、ケンちゃん、お待たせしちゃって、さあ好きなケーキ買ってきたから泣かないで機嫌をなおしてね、可愛い、ケンちゃん、ママの宝物よ。といって強く抱きしめてやると、もうウットリ恍惚顔で。アソコもボッキさせてね。とくに、宝物よ、というところを強くいいきる瞬間、ものすごくうれしい顔をするんです。宝物という言葉がほしかったんでしょう。ケンちゃん、ケンちゃんと呼ぶと、ウンとうなずく、その表情は母に従う赤ちゃんそのものです。

ママのこと、そんなに好き、というと『ウン、好き』と答えてね。

人間は、なつかしい昔の、あの日に戻ろう、戻ろう、としてときには母よりもオバあちゃんにまで辿りつこうとするんです。オバあちゃんも立派な母なんですね。赤ちゃんマニアの特徴は手足を縮めて、体を小さく丸めたポーズを好むところ、それは母親の胎内の羊水にうずくまる形に似ているんですね」

ここまでくると、売春とか変態プレイなどという言葉が吹っ飛んでしまい、神崎マヤさんは、心に傷を負った男にとって一番必要なセックス・セラピーを施している女医さんとしか形容しえなくなってくる。

著者が、セックスに深くかかわる人間たちを数多く、つまり「量的」に追い求め、インタビューを繰り返して、そのあげくたどり着いた結論もまさにここにある。

「私がおびただしい性にまつわる人間を取材しつづけ、それらの人たちの生い立ちとか、それに辿りつく動機にメスを入れながら、一点注目することは、出産という事実である。

出産、分娩のシーンに人間の性的な趣向が影のようにへばりついているようにおもえてならない。ここが分岐点ではないか。そうおもえてくるのである」

そう、よく言われるように「性は生」なのだ。性は、動物である人間を突き動かす根源的エネルギーなのである。そして、そのことは、人間ならだれでも気づいているはずのものなのである。ただ、本書及び、著者の五部作の偉大なところは、その平凡ともいえる結論を、徹底して「量」にこだわることによって導きだしたところにある。より正確にいえば、著者は、性に取りつかれた人々の「量」的エネルギーに圧倒され、その化け物のようなエネルギーを表現しようと言葉と格闘してきた。つまり、性の「量」から得た感動を、いかに言葉の「質」に転化するかという問題である。だが、この場合もまた、「量」がその問題を自動的に解決している。取材を重ね、インタビューを経るごとに、著者の言葉はおのずと純化し、明晰で簡潔なものになってくる。

性を論じて「質量転換の奇跡」の起こった本、こう言っていいのではないだろうか。

【この書評が収録されている書籍】
解説屋稼業 / 鹿島 茂
解説屋稼業
  • 著者:鹿島 茂
  • 出版社:晶文社
  • 装丁:単行本(238ページ)
  • 発売日:2001-08-00
  • ISBN:479496496X
内容紹介:
著者はプロの解説屋である!?本を勇気づけ、読者を楽しませる鹿島流真剣勝負の妙技、ここにあり。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

性狂伝 / いその えいたろう
性狂伝
  • 著者:いその えいたろう
  • 出版社:徳間書店
  • 装丁:文庫(253ページ)
  • 発売日:1999-08-00
  • ISBN:4198911495
内容紹介:
ソープ通い二十七年、稼いだ金一億円を使い切った七十一歳の現役プレス工。女性性器への墨入れに執念を燃やすSM道三十余年の刺青師。手づくりおむつで男たちをあやし続けて十年、赤ちゃんマニアの女神。エロ漫画家にしてAV俳優兼監督、十四年で千四百人の女斬りを果たした怪優。自ら鶏、鯉とのセックスを楽しみ、金魚、鰻を使って女を泣かせる秘宝館の主…性の風狂者たちの素晴らしき人生哲学を集大成。

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