書評
『神曲』(河出書房新社)
大きな政治的理想を持った一人の詩人が、政争に巻き込まれ、フィレンツェ共和国から追放処分にあう。政治亡命者の元祖ダンテはおのが苦難の遍歴を壮大なコメディに記し、書物のなかにおのが共和国を建設する。生きながらにして彼岸に旅するダンテは一人の詩人の立場を越え、時に罪人、時に地獄に落ちる人類の象徴、時に神の啓示を受け取る預言者に自らをなぞらえた。主人公自身によって一人称過去形で語られる魂の遍歴は、様々な寓意を伴ない、おのずと神秘的な意味を帯びてきた。ダンテは『神曲』を知的階級の言語ラテン語ではなく、女、子どもの言語トスカナ語で書いた。恋人ベアトリーチェに捧げるべきこの書物は彼女の理解できる言語で書かなければ意味はない。『神曲』は俗語で書かれたがゆえに民衆に直接、贖罪の道を示し、のちの宗教改革の下地を準備したことになる。図らずも『神曲』はダンテを追放し、教皇庁と結託したフィレンツェに対して復讐を遂げることになった。
【この書評が収録されている書籍】
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