書評

『天ハ自ラ助クルモノヲ助ク―中村正直と『西国立志編』』(名古屋大学出版会)

  • 2017/07/25
天ハ自ラ助クルモノヲ助ク―中村正直と『西国立志編』 / 平川 祐弘
天ハ自ラ助クルモノヲ助ク―中村正直と『西国立志編』
  • 著者:平川 祐弘
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(396ページ)
  • 発売日:2006-09-01
  • ISBN-10:4815805474
  • ISBN-13:978-4815805470
内容紹介:
明治最大のベストセラーとして日本産業化の国民的教科書となった『西国立志編』の巨大な影響を、翻訳者中村正直を軸に跡づけ、イタリア・中国などとの比較を通して、思想が文化の境を越えて運動する姿を立体的に描きだす。
先週、十二年ぶりにボストンを訪れた、郊外の本屋をのぞいたら、「セルフ・ヘルプ」というコーナーがあった。セラピーや対人関係や自己啓発の本がずらりと並べられていたが、「セルフ・ヘルプ」という言葉がこのように用いられていることには驚いた。

明治四(一八七一)年、中村正直によって翻訳された『西国立志編』の原作で、サミュエル・スマイルズの代表作も『セルフ・ヘルプ』という書名であった。いまはほとんど忘れられているが、明治日本では『西国立志編』が国民的な読み物。近代化のスタートラインに立った日本人はなぜその内容に強い興味を示したのか。本書では、近世から近代への大転換という歴史の流れにおいて、その理由が解き明かされた。さらに、この漢文調の翻訳がもたらされた影響が検討され、一冊の書物を通して、明治日本における文明モデルの転換という見取り図を浮かび上がらせた。

西国立志編  / サミュエル・スマイルズ
西国立志編
  • 著者:サミュエル・スマイルズ
  • 翻訳:中村 正直
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(556ページ)
  • 発売日:1981-01-07
  • ISBN-10:4061585274
  • ISBN-13:978-4061585270
内容紹介:
原著『自助論(セルフ・ヘルプ)』は、世界10数ヵ国語に訳されたベストセラーの書。日本では明治4年、『西国立志編』として中村正直により翻訳刊行された。「天は自ら助くる者を助く」という独立… もっと読む
原著『自助論(セルフ・ヘルプ)』は、世界10数ヵ国語に訳されたベストセラーの書。日本では明治4年、『西国立志編』として中村正直により翻訳刊行された。「天は自ら助くる者を助く」という独立独行の精神を思想的根幹とした、欧米史上有名な300余人の成功立志談である。この自助精神は、近代国家と資本主義の形成期にあって、新しい日本と自分の前途に不安を抱いていた多くの青少年に希望の光明を与えた。福沢諭吉の『学問のすゝめ』と共に、明治の2大啓蒙書。

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『セルフ・ヘルプ』が『論語』などを通して徳目を学んできた日本人には受け入れやすかったという指摘は意味深長だ。儒学精神の一つに、超自然の力ではなく、勤勉や修養といった自助努力の提唱が挙げられる。陽明学が明治日本に持てはやされていたのも、自力による自己救済の実践を唱えたことと無関係ではないだろう。幸田露伴の介在を通して、二宮尊徳『報徳記』と『セルフ・ヘルプ』との接点を見いだしたのも面白い。

論語  /
論語
  • 翻訳:金谷 治
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:文庫(406ページ)
  • 発売日:1999-11-16
  • ISBN-10:4003320212
  • ISBN-13:978-4003320211
内容紹介:
古代中国の大古典「四書」のひとつで、孔子とその弟子たちの言行を集録したもの。人間として守るべきまた行うべき、しごく当り前のことが簡潔な言葉で記されている。長年にわたって親しまれてきた岩波文庫版『論語』がさらに読みやすくなった改訂新版。

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超訳 報徳記 / 富田高慶
超訳 報徳記
  • 著者:富田高慶
  • 出版社:致知出版社
  • 装丁:単行本(299ページ)
  • 発売日:2017-04-28
  • ISBN-10:4800911451
  • ISBN-13:978-4800911452
内容紹介:
二宮尊徳の高弟・富田高慶が師の言行を記した名著ここに現代語訳で甦る。

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比較文化研究として、それだけでも大きな収穫だが、複数の外国語に通暁する著者はそれには満足しなかった。第二部ではサミュエル・スマイルズがイタリアにおいてどのように受容されたかという問題が取り上げられ、イタリアでベストセラーとなった『クオレ』と『セルフ・ヘルプ』との関係も解明された、第四部では東アジアを射程に収め、ミル著、中村正直訳『自由之理』の原著が中国語にどのように訳されたかについて逐語に詳細な考察が行われた。この一連の作業によって文化受容の比較という、横と縦を交錯させる研究の可能性とその意味が示唆された。

クオーレ  / エドモンド・デ・アミーチス
クオーレ
  • 著者:エドモンド・デ・アミーチス
  • 翻訳:和田 忠彦
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(446ページ)
  • 発売日:2007-02-01
  • ISBN-10:4582766048
  • ISBN-13:978-4582766042
内容紹介:
『ピノッキオの冒険』と並ぶイタリア児童文学の古典的名作。少年エンリーコが毎日の学校生活を綴った日記と、先生の「今月のお話」九話から成る。なかでも、ジェノヴァの少年マルコが母親を捜して遠くアンデスの麓の町まで旅する「母をたずねて三千里」のお話はあまりにも有名。書名の"クオーレ"は「心」を意味するイタリア語。

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このように紹介すると、何やら小難しい専門書のような印象を与えるかもしれないが、著者は専門研究を一般読者にもわかるような文章で発表することに長けている。本書も予備知識を持たなくても読みやすい内容だ。学問の成果をいかに世間に広く知らせるか、またもや一つよい手本が示された。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

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天ハ自ラ助クルモノヲ助ク―中村正直と『西国立志編』 / 平川 祐弘
天ハ自ラ助クルモノヲ助ク―中村正直と『西国立志編』
  • 著者:平川 祐弘
  • 出版社:名古屋大学出版会
  • 装丁:単行本(396ページ)
  • 発売日:2006-09-01
  • ISBN-10:4815805474
  • ISBN-13:978-4815805470
内容紹介:
明治最大のベストセラーとして日本産業化の国民的教科書となった『西国立志編』の巨大な影響を、翻訳者中村正直を軸に跡づけ、イタリア・中国などとの比較を通して、思想が文化の境を越えて運動する姿を立体的に描きだす。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2006年11月12日

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