書評

『アンダーグラウンド・マーケット』(朝日新聞出版)

  • 2017/10/17
アンダーグラウンド・マーケット  / 藤井太洋
アンダーグラウンド・マーケット
  • 著者:藤井太洋
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:2016-07-07
  • ISBN-10:4022648198
  • ISBN-13:978-4022648198
内容紹介:
【文学/日本文学小説】2018年──下流に堕ちた日本人と、安い労働力として呼び寄せられた移民たちは「円」を捨て、電子貨幣による非課税の経済圏を作り始める。そんな環境の中で、若いフリーランスのITエンジニアたちが時代に抗い、世界を切り開いていく近未来青春サスペンス。

地下経済から描く東京の近未来

藤井太洋は、いまもっとも注目されるエンターテインメント作家のひとり。個人出版の電子書籍『Gene Mapper』でデビューを飾り、2作目の『オービタル・クラウド』で早くも日本SF大賞を受賞した。前2作はSF色が強かったが、3作目となる本書では、2018年の東京を舞台に、まったく新しいタイプの経済小説にチャレンジする。

題名が示すとおり、扱う対象は地下経済。とはいえ、闇金融やヤクザ社会とは無関係。本書の主役は、ITを背景にしたスモールビジネスなのである。

作中の日本では、“公平な税制”の名の下に、消費税・所得税・法人税がすべて15パーセントとなり、社会が二極化。TPP(環太平洋経済連携協定)の労働力流動化条項により1千万人を超えるまでに急増した移民を中心に、税務当局に捕捉されない(ビットコイン的な)デジタル仮想通貨「N円」が広く普及している。

高額の税金を要求される表の経済から弾き出されたのは移民だけではない。企業に就職しないフリービー(主を持たない働き蜂)と呼ばれる日本人の多くは、無税の地下経済圏に生活基盤を置き、カプセルホテルをアパート化したような集合住宅ハニカム・ネストに住む。

主人公の木谷巧は、実家暮らしのフリービー。ITエンジニアとしての技能を生かし、中小企業の商売にN円の決済機能を導入したり、N円による“無税”取引の方法を指南したりのコンサルティング業で稼いでいる。れっきとした社会人だが、N円を受けつけない公共交通機関は利用せず、移動手段はもっぱらロードバイク。こういう、新しい種類のビジネスパースンと、二重構造化した新しい社会秩序をリアルに描くのが本書の魅力。こんな経済小説はいまだかつて存在しなかった。

小説の後半では、主人公の巧と、カメラマン兼デザイナーの大男、それに凄腕(すごうで)の女性プログラマーを加えた3人組が、地下経済全体を揺るがす大事件に巻き込まれる。

その過程では、ワーキングプア、非正規雇用、格差社会など、現実の日本がいま抱えている問題も浮き彫りにされるが、社会派的な重さやノワール的な暗さとは無縁。あくまで前向きなトーンで、TPPと五輪によって変貌する東京の“3分後の未来”を見せてくれる。

なお、本書に続いて文庫書き下ろしで刊行された同じ著者の『ビッグデータ・コネクト』は、京都府警サイバー犯罪対策課の刑事を主役にしたニュータイプのIT警察小説。また違うタッチが楽しめる。
アンダーグラウンド・マーケット  / 藤井太洋
アンダーグラウンド・マーケット
  • 著者:藤井太洋
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:2016-07-07
  • ISBN-10:4022648198
  • ISBN-13:978-4022648198
内容紹介:
【文学/日本文学小説】2018年──下流に堕ちた日本人と、安い労働力として呼び寄せられた移民たちは「円」を捨て、電子貨幣による非課税の経済圏を作り始める。そんな環境の中で、若いフリーランスのITエンジニアたちが時代に抗い、世界を切り開いていく近未来青春サスペンス。

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初出メディア

日本経済新聞

日本経済新聞 2015年6月14日

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