書評
『中国コメ紀行 すしの故郷と稲の道』(現代書館)
自分の舌でルーツ探る本気の旅
中国の汽車には「無座」(席なし)というシビアな切符がある。目的地までえんえん十六時間もかかるのに、駅の窓口で「無座」しかありませんと断られたら、さてどうします。著者の旅の流儀は、こうだ。腹をくくって「無座」の切符を握り、汽車に乗りこむ。筆談を武器に未知のひとと出会い、好奇心をふるって未知の味を胃袋におさめ、歩く。一九四二年生まれ、あっぱれなひとり旅。
選ぶ旅先も骨太だ。雲南省西双版納(シーサンパンナ)、貴州省、少数民族自治区、杭州、浙江省。さらにミャンマー国境、ラオス、カンボジア、タイをはじめインドシナ半島へ。なにしろ旅の杖(つえ)をふたつも携えている。
ひとつは、日本のにぎりずしのルーツ、なれずしを探ること。にぎりずしは、すぐ食べる“気の早いすし”。いっぽう、なれずしは飯をじっくり乳酸発酵させる魚の保存法で、紀元二、三世紀、中国南方の漢民族に伝わったという。こくのある酸味とうまみに魅せられ、その歴史を自分の舌でたしかめるために奥地へ分け入ってゆくのだ。
もうひとつの旅の杖は、稲作の道を訪ねること。コメの発祥地でもある中国大陸を歩いて粥(かゆ)やちまきも貪欲(どんよく)に味わい、インディカ米とジャポニカ米の嗜好(しこう)のちがいを熱心に考察する。
つねに本気なのです。だから、旅のかみさまも味方する。稀少(きしょう)な水かけ祭り、糸引き納豆、河姆渡(かぼと)遺跡では七千年まえのコメの出土品と対面……毎回ちゃんと収穫をもぎとってくる。
著者は、ビール会社を退社ののち渡米、ニューヨーク初のすし屋を開業したひと。のちカナダ、ベルギーでもすし屋を開くのだが、そもそも東京大学農学部で学んだ経歴を持つ。ビジネスの前線にいながら、探究の情熱おさえがたく勇躍また旅へ。
うずうずしてきた。ああ、わたしもまたこんな旅に出たい。この二十数年、インドシナ半島や朝鮮半島を繰り返し歩いてよく味わい、よく食べた。旅のかみさまが授けてくれた箴言(しんげん)はこれだ――惜しみなく自分の足で歩けば、そのさきには「発見のよろこび」が待っている。
朝日新聞 2009年8月9日
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