書評

『小説家の開高さん』(フライの雑誌社)

  • 2017/11/09
小説家の開高さん / 渡辺 裕一
小説家の開高さん
  • 著者:渡辺 裕一
  • 出版社:フライの雑誌社
  • 装丁:単行本(215ページ)
  • ISBN-10:4939003353
  • ISBN-13:978-4939003356
内容紹介:
没後20年を迎える文豪・開高健氏と著者との、ひと月に渡る英国での交流を描いた表題作「小説家の開高さん」。あの蟹工船へ著者が実際に乗船した経験をもとにした「土方のマサ」。1970年代のヒ… もっと読む
没後20年を迎える文豪・開高健氏と著者との、ひと月に渡る英国での交流を描いた表題作「小説家の開高さん」。あの蟹工船へ著者が実際に乗船した経験をもとにした「土方のマサ」。1970年代のヒッピー文化の真実をリアルに伝える「ヒッピーのエンディ」。さらに、来日したジョン・レノンが日本の骨董へ耽溺する秘話を明かした「骨董屋の善二さん」など、きらめくような中短篇が全十作。

ほろ苦い余韻残す男たちの短編

土方のマサ。ヒッピーのエンディ。大工のウィリー。オカマの次郎さん。熊撃ちの征三さん……武骨で、不器用で、率直で、酒飲みで、恋に一途で、ちょっとだめで、つまりいろっぽいのです、みんな。そんな男たちとの交差を描く物語が十編。

ぼくとマサは脚割り場という、蟹(かに)工船でもっとも過酷で花形といわれる甲板の作業場につかされた。(「土方のマサ」)

一九七〇年、二十歳。「ぼく」の旅のはじまりは蟹工船だった。下船して世界各地を放浪、ニュージーランドで四年間鱒(ます)釣り。旅遍歴が紡ぐ物語には時代の空気、男や女の体温や気配、波の音、土の匂(にお)い、耳と眼(め)と鼻の記憶がたっぷり注ぎこまれている。

さていよいよ「小説家の開高さん」である。奇跡のような仕事に遭遇したのは一九八八年。

場所は、かつて耽読(たんどく)した釣り文学の古典『釣魚大全』の著者、アイザック・ウォルトンゆかりのダブ川。フライフィッシングの連れは座右の書『フィッシュ・オン』の著者、開高健。

じつは、釣り三昧(ざんまい)の一カ月の回想を綴(つづ)ったこの短編のなかに、釣り人としての開高健の本質をざぶりと洗いだす一行がある。わずか十三字。しかし誰もけっして書かなかったそらおそろしい一行が、「小説家の開高さん」の深淵(しんえん)をのぞきこませる。

コピーライターの短編デビュー作。ときおり警句や箴言(しんげん)が織りこまれ、計算ずくの構成に興をそがれるきらいはあるものの、それを嫌みに転ばせないのは、ほのかな含羞(がんしゅう)の気配だろう。

十編それぞれ、ざらつきのあるほろ苦い余韻がある。よい短編は読みおえたとき、しばらく黙りこみたくなるものだ。

ところで「骨董屋の善二さん」では、湯島の居酒屋「シンスケ」の主人が燗(かん)をつけるとき、徳利(とっくり)の尻をさりげなく撫(な)でて温度をたしかめる場面が描かれる。

その手つきは手練(てだれ)の痴漢にも似て自然であり、悩ましい。

ああもう。わたしもあの所作にはおおいに反応するものだが、当意即妙。「手つき」を「筆致」に置き換えてみれば、あら自著解説の一文になりますね。
小説家の開高さん / 渡辺 裕一
小説家の開高さん
  • 著者:渡辺 裕一
  • 出版社:フライの雑誌社
  • 装丁:単行本(215ページ)
  • ISBN-10:4939003353
  • ISBN-13:978-4939003356
内容紹介:
没後20年を迎える文豪・開高健氏と著者との、ひと月に渡る英国での交流を描いた表題作「小説家の開高さん」。あの蟹工船へ著者が実際に乗船した経験をもとにした「土方のマサ」。1970年代のヒ… もっと読む
没後20年を迎える文豪・開高健氏と著者との、ひと月に渡る英国での交流を描いた表題作「小説家の開高さん」。あの蟹工船へ著者が実際に乗船した経験をもとにした「土方のマサ」。1970年代のヒッピー文化の真実をリアルに伝える「ヒッピーのエンディ」。さらに、来日したジョン・レノンが日本の骨董へ耽溺する秘話を明かした「骨董屋の善二さん」など、きらめくような中短篇が全十作。

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2009年9月6日

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