「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
凄まじくリアル、かつ独特のセンス。この才能、見守ります
今、わたしが期待している新人作家の一人が岡田利規です(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2007年)。チェルフィッチュを主宰し、『三月の5日間』で第四十九回岸田國士戯曲賞を受賞。わたしも舞台を観ましたが、役者に自己批評的な台詞を喋らせたり、奇妙にデフォルメされた動きを強いたりする個性的な作劇法に接し、「ただものじゃねえな」と感銘を受けた次第です。で、初の小説集を読んで、感銘はさらに倍。パフォーマンス会場で知り合った男女が、イラク戦争が勃発した日から五日間、渋谷のラブホテルでセックスしまくるという岸田戯曲賞受賞作を小説化した作品よりも、三十歳のフリーター夫婦の生き地獄を描いた「わたしの場所の複数」がいいっ。わたしにはさしあたって夫しかいないのだけれど、(中略)わたしの被害者になってくれる人間が、わたしには絶対に必要不可欠なので、夫をとにかくわたしの今いるこのぐだぐだした状態のところ、そのできるだけそば、なるべくならば完全に同じところまで、引きずり下ろして、そこにいさせて、そこでわたしの抱えている、おもに負の性質を帯びたものでできているいくつもの、氷砂糖のようなごろごろしたかたまり、頭の中や体にも詰まっている、その先に何の使い道もない廃棄物のようなそれを、ほんとうに明け渡せるものなのかどうかは定かではないけれど、とにかくひとつでも多く、明け渡せるだけ明け渡してしまいたいからなのだ。
バイトをずる休みして、湿っぽい布団の中でごろごろしながら、コールセンターのオペレーターとして客からの苦情に対処している女性のブログ日記を読み耽ったり、バイトをかけもちし、次のバイトが始まるまでの数時間をハンバーガー店で仮眠をとってやり過ごしている夫の動向を想像したりしている〈わたし〉の、倦怠と悪意と諦念に充ちた独白が綴られたこの小説が読み手にもたらす恐怖と嫌悪感は、尋常ならざるレベルに達しているという他ありません。
夫をなじり、蹴飛ばしているさなかに〈異様な、汚物が汚物になる前の、腸の中での匂い?ほとんどそんなような、饐えた感じのところにある匂いを、体内から分泌させ〉、その匂いを夫にブログで〈まったくあのときはびっくりした、こいつスカンクかよ、と思った〉と書かれてしまう女。とどまるも地獄、行くも地獄。プレカリアートと呼ばれる層のどん詰まりを描いて凄まじくリアルというだけでなく、視点の移動に独特のセンスを見せ、小説家としての高い将来性を感じさせる一篇になっているのです。この才能、ずっと見守らせていただきます。
【この書評が収録されている書籍】