書評

『ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル』(誠信書房)

  • 2017/11/06
ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル / 久保田 泰考
ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル
  • 著者:久保田 泰考
  • 出版社:誠信書房
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2017-09-05
  • ISBN-10:4414416302
  • ISBN-13:978-4414416305
内容紹介:
ラカン対脳?!―これまでラカニアンにとって脳を語ることは暗黙のタブーだった。しかし真にフロイトへの回帰を志向するなら、その神経学的基盤にも回帰せざるを得ず、要するにフロイトは元来ニューロフロイトなのだ。では、ニューロラカンを語る根拠はどこに見出されるのか。人はそこで『エクリ』におけるピンポイント攻撃というべき脳への正確な言及を思い起こすだろう。精神分析と神経科学の交錯から明らかになるフロイト的無意識のリアルとは?

脳科学から見た精神分析を鮮やかに

本書の著者は精神科医として、主として神経科学分野において多数の論文を発表してきた。しかし著者はそれ以前に、ラカン派精神分析に依拠した切れ味の鋭い論文をものした論客でもあった。結果、本書は「脳科学者が書いたフロイト=ラカン入門」という、世界的にもあまり前例のない著作となった。

精神分析の世界でも、脳科学の成果を無視できず、それを取り込んで延命しようという動きはすでにある。それはさしあたり折衷的な試みの域を出ないのだが、あまり上手(うま)くいっているようには見えない。本書が依拠する精神分析家、ジャック・ラカンは脳科学から一定の距離をとっていた。彼は脳と心の単純な並行関係を認めておらず、それぞれが異なった因果律で動いていると考えていたからだ。

例えば脳科学は還元主義的な学問だが、精神分析はいわばその対極にある。こうした、脳と心の間にある非並行的な関係に対する配慮を欠いた議論を、評者は基本的に信用しない。しかし本書は、評者のそんな視点から見ても、実に鮮やかに「脳科学から見た精神分析」を浮き彫りにしてくれる。

たとえば一部の脳科学者がそう考えているように、フロイトが発見した「無意識」と、意識に上らない、すなわちサブリミナルな脳活動とは同じものなのだろうか。そうではない、と著者は断言する。「サブリミナル」は脳の自動性を意味しているにすぎないが、フロイトの無意識とは、意識されないものを「意識する」ことに内在的な、ある種の盲目性において明らかになる過程のことなのである。つまり、無意識を生み出すのは意識の活動そのものなのだ。

このような問題意識は、統合失調症と言語の関係においても適用される。いずれも意味からの逸脱を生ずる疾患として、失語症と統合失調症を分けるものはなにか。前者は言語の道具的使用の障害であると言いうるとしても、後者はそれほど単純ではない。著者によれば統合失調症における意味の障害は、脳システムの混乱の中で、あたかも自立性を持った「言語という寄生ウイルス」が、「それ自体が語ることで意味の混乱を外部に示す」ような事態なのだ。それは統合失調症という疾患のプロセスとは無縁でありながら、それゆえにこそ「統合失調症という出来事」の核心にある、とされる。

著者は神経科学と精神分析という二つの知の体系の関係を「互いの限界=穴でつながる二つのドーナッツのようなトポロジカル(変形を加えても保たれる図形の性質についての幾何学)な形式」という卓抜な比喩で表現する。安易な折衷も融合も不可能なこの関係を「ニューロラカン」と呼びうるとして、その唯物論的な基礎はラカン自身による次の三つの言及であるという。すなわち(1)無意識の生成機械としてのネットワーク、(2)自我イメージを形成する皮質機能、(3)脳の組織化を超えて作動する死の欲動。

このような限界点を著者は「およそヒトとしての形を保ったままではそれ以上思考を展開できないようなグラウンド・ゼロ」であるとする。その指摘は、科学技術の進歩によって神の領域に近づき「完全な人間」を生み出そうとするような無窮の欲望への警告であり、こうした欲望の水位は、Fukushima以降にいっそう高まりつつあるのではないか、と著者は言う。ここに至って評者は、脳科学者である著者にとっての「ラカン」が、科学者としての万能感を戒める倫理的審級であったことをもはや疑わない。
ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル / 久保田 泰考
ニューロラカン: 脳とフロイト的無意識のリアル
  • 著者:久保田 泰考
  • 出版社:誠信書房
  • 装丁:単行本(232ページ)
  • 発売日:2017-09-05
  • ISBN-10:4414416302
  • ISBN-13:978-4414416305
内容紹介:
ラカン対脳?!―これまでラカニアンにとって脳を語ることは暗黙のタブーだった。しかし真にフロイトへの回帰を志向するなら、その神経学的基盤にも回帰せざるを得ず、要するにフロイトは元来ニューロフロイトなのだ。では、ニューロラカンを語る根拠はどこに見出されるのか。人はそこで『エクリ』におけるピンポイント攻撃というべき脳への正確な言及を思い起こすだろう。精神分析と神経科学の交錯から明らかになるフロイト的無意識のリアルとは?

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毎日新聞 2017年10月22日

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